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ラファナリース 目次
 第一章  第二章 @ A B  第三章 @ A B  第四章 @ A B

 第五章 @ A B   第六章   第七章 @ A終章


ラファナリース


第一章     ”ラファナリース”


 “光は愛を育て 水は想いを溢れ出し 影は小さな光となり 風は癒しを吹き齎す”


・・・・・・ちょっとしたあらすじ。舞亜 翔子(まいあ しょうこ)は表向きは普通の女子高生(?)。しかし、真実は狂魔(きょうま)という魔物たちと戦う力を持ったミラクル女子高生だった!
 どこにいようと狂魔が現れると、翔子はそこに向かう。翔子自身、狂魔を探知することはできない。しかし!彼女の信頼する(?)家族たちが彼女をサポートする。父親の紀双(きそう)、女中であって翔子にとって姉のような凛子(りんこ)、そして、通称「翔子お嬢様を守る男たち」こと直樹、貴高(きだか)、秀聡(ひでさと)、肥呂(ひろ)が翔子とともに一つ屋根の下で暮らし、共に戦う者たちなのだ。
翔子の母親の真世(まよ)は翔子が小さい時に亡くなったことになっているが、真実の程は翔子には分からなかった。さて、狂魔の探知は翔子の家に隠されている秘密の部屋(作戦基地!?)内の特殊なコンピューターによる。このコンピューターが狂魔の位置を察知する・・・・・・・。


 この日は、朝から雨が降り続けていた。翔子は門限のため、渋々友達と別れ、一人、家に向かって歩いていた。静かな林が続く・・・ここを通らなければ彼女の屋敷(!)には着かない。翔子はふと、妙な感覚に捕われる・・・。狂魔と対峙しているときのような感覚だ。
翔子は周りに気を配った。誰もいない。雨が静かに降り注いでいる。
翔子は注意しながらゆっくりと歩く。
・・・・・・突然、少女の声が聞こえてくる。『ふふっ・・・・いっしょにあそぼ・・・』
寂しそうで冷たい声。
翔子は声の聞こえた方に振り向いた。
そこには誰もいなかった。が・・・何かがいた。
狂魔・・・・・・。
翔子ははっきりとそう思った。翔子の目の前には、少女の形をした透明な人形がいた。雨に当たって微かに分かるのである。
翔子は身の危険を感じて、横に避ける。と、その横を何かが過ぎ去っていった。
とても危険なもの・・・その少女の形をした狂魔は水を武器に変えて翔子に向けたのだ。今日は雨が降り注いでいる。つまり・・・翔子はその狂魔の中にいるようなものだった。
『ふふふっ・・・・・ねえ、あそぼうよ・・・』
ひんやりとした声で少女は呟く。
雨が翔子に襲い掛かってくる・・・!避けきれるものではなかった。
翔子に武器と化した雨が四方八方から突き刺さろうとするその瞬間、それが起こった。翔子の中で何かが起こる・・・。
『私を・・・私を解放しなさい』 (あなたは・・・だれ?)
『私の名前はラファナ。あなたと命を共にする者です』
・・・翔子の身体から無数の光が解き放たれ、そして、ラファナが姿を現した。
 聖なる存在―“聖綸(せいりん)”『光』のラファナ。
 舞亜 翔子はラファナとなった。

 武器と化した雨は“ラファナ”には届かなかった。
薄い光の壁が“ラファナ”を囲んでいる。
『・・・どうして、じゃまするの・・・』
少女はぞっとするような声音で呟く。そして、巨大な水の塊を頭上に出現させると、強烈な勢いでその塊をラファナに向ける・・・。
 ラファナはそっと、手を上げた。光の筋が流れていく。
その光の筋は水の塊を分散させた。
スワシャアアアア
武器の水はラファナに届かない。
ラファナは静かに動いた。そして、早く。
・・・光が流れる。ほんの一瞬。
ラファナは少女の後ろ(?)側に回っていた。その手には、光り輝く剣がある。
ズバシャアアア・・・!
少女・・・水の狂魔は分散するように消滅した。
ラファナはそれを見届けると、そっと、光の剣を消した・・・。


「お嬢様、お帰りなさいませ!!」
 翔子が玄関に入ると、待ってました〜と言わんばかりの大声で、直樹ら男たちがお帰りの合唱をする。まるで、アイドルを迎えるようだ。
「・・・・・・・」
翔子は軽く会釈して、静かに、彼らの横を通り過ぎようとする。
「お嬢様、さ、鞄をこちらに。」
「お嬢様、疲れただろう?部屋まで、連れて行ってやるぜ。」
「お嬢様。雨で冷たい思いをしたでしょう。ささ、お風呂が沸いてあります。」
「お嬢様。まず、飯ですわ。いっぱい食べましょうや。」
直樹たち四人は、さっと、翔子の前に立ちふさがり、思い思いにそう言った。
翔子は彼ら四人を見つめた。
はっきり言って、期待している。
翔子お嬢様の思いに答えられるのは自分だーと彼らの目が語っていた。
翔子は内心、ため息を吐いていた。
(・・・・・・・・いつものことですし。)
翔子はある意味決心して、言葉を言う。
男たちは身構えた。自分の名前を呼ばれるのを期待して。
「はいはい、そこまでにしときなさい!お嬢様の邪魔でしょう!」
翔子が何か言う前に、ここで女中をしている、翔子にとって姉のような存在の凛子が男たちを横に追いやり、翔子を迎えた。
「お嬢様。お帰りなさい。雨で濡れたでしょう?お風呂先に入ります?」
「ただいま。凛子さん。・・・そうですね。ちょっと、シャワーでも。」
凛子は翔子の通学用の鞄を代わりに持ち、翔子の部屋まで共に歩く。
「お嬢様〜」
後に残された直樹たちの寂しい声が後ろから聞こえてきた・・・。

 静かな食卓。
翔子たち家族が向かい合って食事をしている。家族といっても、実際血が繋がっているのは、翔子とその父の紀双だけである。しかし、凛子や直樹たちを家族といっても問題はなかった。みんな、翔子が小さい時から知っている人ばかりだった。
 静かな食事の時間が流れる。
上座に紀双がでんと座っていて、その無言の圧力は直樹たち男たちを黙らせるのに十分だった。
 翔子も静かに食事を取っている。上品な食べ方だった。
 凛子は翔子や紀双に目を配りながら、何かあったらすぐにでも動けるようにして、食事をしている。
 静かな食事の時が続く。
 ふと、紀双が翔子に目を向けた。
 「何かあったのか。」
静かだが鋭い声。感情はあまり感じられない。
翔子は箸を置いて、紀双の方に振り向いた。
 「・・・いえ。どうしてですか?」
 「いや、それならいい。」
紀双はもう終わりだいうばかりに食卓へ向かう。
翔子はしばらくその父を見ていたが、箸を再び取り、食事を続けた。
 そして・・・静かな食事が終わる。

 「お嬢様、どうしたのです?何か考え事でも?」
翔子の寝所を用意している凛子は、髪を乾かしている翔子の様子を伺った。
 「わたし、考え事しているように見えます?」
優しく微笑みながら、凛子に目を向けた。
 「ええ。お嬢様のことは何でもわかりますから。・・・でも、言えないのならそれでいいですよ。お嬢様ももういい年頃ですし。」
 「・・・もう。そういうのではないです。それに、別に何か考え事しているわけでもありませんし。」
 「くすっ。そうですか。では、そうしときましょう。・・・布団の用意が出来ました。
お嬢様、ゆっくりお休みください。」
 凛子は笑顔でそう言って、静かに部屋から出て行った。
 翔子はそれを見届けてから、そっと、鏡に目をやった。
 あの声は何だったのだろう・・・?そして・・・
 翔子はほとんど覚えていなかった。あのことを。ただ、『彼女』の名前は覚えている。
 ラファナ・・・。命を共にする者・・・。
 鏡には翔子自身しか映っていない。
 しかし・・・何かが動き出している・・・。
 翔子の心のどこかでそう思う自分がいた。


 よく見る夢・・・・・・
 見知らぬ母を追いかけている夢・・・
 「お母さん!お母さん!!」
 ぼんやりと浮かぶ母親と思しき背中にわたしは近づこうとする。
 「お母さん、お母さん!」
 しかし、一向に追いつかない。
 暗闇が周囲を覆い始める。
 母の姿が遠くなる。
 「待って!お母さん!!」
 暗闇が母の姿を消し去る・・・
 「嫌っ!待って、お母さん!!」
 わたしはただ泣き崩れる。寂しさとやるせなさと悲しさと・・・。
 わたしの周りにあるのは暗闇だけ。その中でわたしだけが光っている。
 しかし、その光もちょっとづつ薄らいでいくのが分かる。
 わたしはただうずくまっているだけ・・・。どうでもいい気持ちで覆われている。
 光が薄くなる。わたしも暗闇の中に閉じ込められるの・・・?
 寒気がする。さぶい。気持ち悪い。助けて・・・。
 わたしの光が消える・・・。
 嫌っ!そんなの嫌・・・。
 ・・・冷たさの中、温かいぬくもりを感じた。
 誰かがわたしを抱きしめている。
 「・・・誰・・・?お母さん・・・」
 わたしは顔を上げて、抱きしめている人を見た。
 ・・・・・・光り輝く金色の髪の綺麗な女性。
 わたしと目があうと、その人はひっこりと微笑んだ。
 『大丈夫ですよ。何も心配ありません。』
 優しい声だ。
 「・・・あなたは?」
 『私は、ラファナ。そう、あなたと命を共にする者です。』
 「どういう意味・・・ですか?」
 『いずれ分かります。・・・そして、もうひとつ。あなたのお母様はいつもあなたを見守っています。大好きなあなたを。』
 意識が薄らいでくる。その女性はわたしのことを抱きしめてくれている。そうずっと・・・。暗闇はもうない。光に溢れていた・・・。

 翔子は目を覚ました。
 温かい光が外から舞い込んでくる。
 夢のぬくもりがまだ残っていた。
 「・・・ラファナさん・・・・・・。」
 心地よい気持ちで、翔子は起き上がった。

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第二章    “聖綸と呼ばれる者”

   @

 「お嬢様!避けろ!!」
高速移動用飛行艇から、貴高(きだか)の大声がスピーカーから聞こえる。
翔子はその声に反応して、目の前にいる『狂魔』から、大きく離れた。
ズバババババシャアア!!
翔子が狂魔から離れた後、タイミングよくシャープな様相の高速移動用飛行艇から機関銃が発射される!
・・・ダメージはあった。
狂魔の全身の半分以上がずたずたに飛び散っていた。しかし・・・
徐々に飛び散った欠片が元の場所に戻っていく。再生しているのだ。
 「・・!冗談だろ!?」
冗談みたいな大声で貴高は叫ぶ。
翔子は表情一つ変えずに、もう一度、狂魔にむかい対峙した。
羽の生えた悪魔・・・。そう形容してもいいだろう。その悪魔の狂魔は口を大きく開け、そこから火の玉を繰り出す!
その火の玉は別に翔子に向けたものではなく、遠見で見ていた警察警備隊のバリケードに向かって放たれたのだ。
 「!!」
ドカアアアアアアッッ!
バリケードに直撃した火の玉は大きな炎の柱を掲げる。
警察警備隊の人たちは何とか逃げ出せているようだった。
狂魔は次に翔子にその口を向けた。
翔子はその前に既に動いている。
力のこもった二本の短剣・・・『すみれ』と呼んでいる・・・を両手に持ち、驚くようなスピードで狂魔に接近、そして、切り裂いた!!
・・・やはりダメージはある。しかし・・・
切り裂いて三つに分かれた狂魔は、まだしぶとくくっ付こうとする。
翔子は相手が完全に再生する前に何度も短剣を振り抜く・・・が、相手の狂魔はダメージが大きくなるほど再生スピードも上がるようで、翔子の攻撃で幾つかに別れた肉体が再びもとの姿に戻っていく。
 『ズシャアアアア!!』
脅威な速さで元に戻った狂魔が嬉々とした雄たけび上げて、再び短剣を仕向ける翔子に凶悪の爪がある右手を振り下ろす。
 翔子は軽くそれを避けて、狂魔との間を取った。
 翔子に疲れははとんどなかったが、いくらか焦りがあった。
時間がかかりすぎている・・。狂魔の存在は表には公表されていない。あくまで、一部の人たちだけが知っていることだった。
いくらこの場所が街の外れで、警察の対狂魔用の特別部隊が誰も近づけないようにはしているが、先ほどの巨大な炎の柱のこともあり、時間がかかりすぎると狂魔の情報が知らないところで漏れてしまうことになりかねない。それだけは阻止しなくてはならない。なぜなら・・・恐怖は新たな狂魔を生み出すから・・・。
 狂魔は翔子を敵とみなしてか、ゆっくりと獲物を狙う感覚で翔子に近づいている。翔子はそれに合わせて、後ろに下がっていた。
 攻撃が通用しない。いや、ダメージはあるが、回復してしまう。
・・・どうする?
 翔子は頭の中で素早く計算する。何か方法が・・・?
 『私に変わりなさい』
 ・・・ラファナ・・さん・・?
 『ええ。私に変わりなさい。あなたでは、大変でしょう?』
 ラファナ。初めて彼女を知ったときから、何度か夢の中で会って話をした。
ラファナに変わった後はその時の記憶がほとんど翔子にはない。なんとなく覚えているだけだ。そう夢のように・・。
 (ラファナさん・・でも・・。)
 翔子は心の中でラファナに語りかける。
 (近頃、あなたの力ばっかり借りているような気がするのですけど・・)
 ラファナは翔子の中にいるといっても過言ではない。
 『いいのです。それが私の役目。・・翔子さん、さあ!』
 ラファナの声が心に響く。心地よい感じだった。
 「・・・わかりました。・・・・・・貴高君!」
 「・・おう、なんだ、お嬢様!」
 狂魔の様子をうかがいながら、腕時計型の通信機で飛行艇内の貴高に翔子は声をかける。
 「スモーク弾があったでしょう?それをお願いします。」
 「スモーク弾!?よくわからねえけど、まかせとけ!10秒以内だ!」
空中で様子をうかがっている高速移動用飛行艇が素早く、地上に接近して翔子に言われたとおり、狂魔に向かってスモーク弾を発射した!
飛空挺は素早く戦線離脱して、また状況がうかがえる上空に戻っていく。
・・・スモーク弾の影響で白い煙が立ち込めている。誰も、この中の様子はうかがうことは出来ないだろう。しかし、狂魔には影響がないようだった。真っ直ぐ翔子に近づいている。だが、翔子もその辺は承知の上。
 「ラファナさん!」
翔子は“彼女”の名前を呼んだ!
すると・・・・翔子の全身が光り輝き、その中から光り輝く髪をなびかせた『光』のラファナが姿を現した。
 狂魔は動きを止める。白い煙の中。光は既に消えている。しかし・・・
恐怖を餌とする狂魔が怯えている。先ほどとは様子が全然違う。
 「当たり前です。あなたでは私に傷一つ付けられません。」
ラファナの静かな声が相手の狂魔に届く。
 狂魔は一歩後退する。ラファナはゆっくりと近づいていた。
 『ぐ、グオオオオ!』
 狂魔はラファナの重圧から逃れるためか大きな雄たけびを上げて、がむしゃらにラファナに襲い掛かる!
 ラファナはそれを静かに見つめていた。
 ラファナに相手の一撃が届くその一瞬、ラファナは動く。
 ラファナは狂魔の後ろに立っていた。ちょうど背中あわせの感じで。ラファナの手には光り輝く剣があった。
 狂魔は全く動かない。そして・・・
 シャアアアアアアアアア・・・・・
崩れ落ちるように塵と化して消えていった。
 ラファナはそれを確かめることもなく、光の剣を消した・・。

 高速移動用飛行艇の中。
 貴高が操縦している。
 狂魔も退治し、屋敷に帰るところである。
数分もしないうちに屋敷には辿り着ける。
 翔子は艇の中、椅子にもたれ休んでいた。
(最近、狂魔が強くなっている・・。私の力では倒しきれない・・。)
今までは、翔子一人の力で戦ってこれた。十分、狂魔を倒すことは可能だった。しかし、最近は・・。
(ラファナさんがいるから何とかなっている・・。どうなっているの?)
父の紀双は何か知っているかもしれない。
でも・・・・聞きづらかった。その時はラファナのことも話さなければならないことになる。今は話せそうになかった。
 「お嬢様、着いたぜ」
貴高の言葉どおり、屋敷の中に飛行艇は収容されていく。
 (ラファナさん・・・。)
翔子はラファナのことを思った。翔子と共にいる彼女のことを・・・。

       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

  A

 「どうして死んじゃったの・・・?」
孤児だったあたし。孤児だった彼。
ある時から、あたしは彼のアパートで住むことにした。あたしが勝手に決めたことだ。彼は困った顔をしていたけど、結局は何も言わなかった。
孤児院であたしは彼を兄のように慕っていた。いや、彼はあたしにとって兄だった。お兄ちゃんって呼んでいたし・・。好きだった。
おんぼろのアパート。人が住めるような所ではなかった。でも、嫌じゃなかった。彼がいたから。
彼は正義心が強かった。彼は警察官になった。
あたしもなるって言った。彼は笑っていた。あたしではなれないと思っているのだろう。あたしは心に誓った。絶対、警察官になってやるって。
高校卒業後しばらく、警察学校に入った。なんとか、筆記試験をパスして、奨学金つきで入ることが出来たのだ。そして、それから二年後。あたしは警察官になれた。
あたしは彼のいるアパートに向かった。きっとまだここに住んでいるだろう。約束したから。あたしが戻ってくるまでここにいるって。
アパートはあった。実は言うと、古くて潰されているのではないかもと考えていた。あたしは急いでその部屋に行った。鍵のある場所は知っている。案の定、そこに鍵が置いてあった。そして、扉を開ける。何も変わらぬ風景。二年前とほとんど同じだった。ただ・・・

「ふう、嫌な夢、見たな・・・。」
汚い部屋。はっきり言って人が住める場所ではない。でも、なんとか掃除して保っている。でも、いつか潰れるだろう。なにもしなくても。
 ・・でも、嫌な夢だった。そうあの時の夢。
あたしは布団から出て、朝の用意をする。
簡単に身なりを整えて、婦警の制服に着替え、軽い朝食を用意して食べる。朝食を食べる小さなテーブルに彼の写真が置いてあった。
優しく笑っている。その隣にはにかむような表情のあたしがいた。今からすればあたしではないようだ。

 彼は死んだ。
あたしの知らない間に。
交通事故だったらしい。
相手の奴は見晴らしのいい場所で誰もいないと思って、赤信号なのに止まらずに突っ切った。その時、急いで現場へ向かう所だった彼が横を通り過ぎる・・。
犯人は捕まった。今は獄中にいるらしい。会う気にもなれない。殴ってやりたいけど。

 二年後、久しぶりに戻ってきた部屋は前と同じだった。
あたしは、一晩待った。しかし、彼は帰ってこなかった。
あたしはずっと、待ち続けるつもりだった。しかし、次の朝、ちょうど、この部屋に一人のおばさんがずかずかと入ってくる。そのアパートの持ち主に言われて、掃除しにきたそうだ。そして、その人から、聞いた。彼は死んだと。
 彼は、万が一のために自分がなにかあってもここだけはそのままにしといてくれっとアパートの持ち主に言っていたらしい。なんだか、彼らしかった。あたしにとって優しいお兄ちゃん・・。

 朝食も食べ終わったあたしは、出かける準備をして、部屋の外に出る。出る前に、行ってきますと言って。
 今日も頑張らないといけない。交通課の一人として、絶対交通違反は許さないんだから!!


 「翔子〜、まじ行くの?」
 翔子の大の親友である白嶺 奈美(しらみね なみ)が、心配そうな言い方で・・実際は心配はしていないが・・翔子に言う。
 「行きます。楽しみにしていたんですから。」
 「でも、いいの?門限。五時でしょう?」
 「大丈夫です。間に合います。」
 「そうかなぁ。あと、一時間30分。ぎりぎりね。」
学校帰り、二人はショッピングロードに向かっていた。色々なお店があるところだ。
翔子の目当ては、アツアツコロッケが売りの揚げ物屋さんだ。
 横断歩道。信号が赤に変わろうとしている。
 「急ぎましょ。」
 翔子は信号が変わる前に走って通り抜けようとする。
 「ちょっと、待った!ここは・・・」
 奈美が何か言い切る前に、翔子は隣から走り去っていた。
 横断歩道の途中で信号が赤に変わる。さすがにそこで止まるのはあぶないので、さっさと翔子は走り抜けた。
 「ふう。あれ、奈美ちゃんは?」
 奈美は一緒に走ってこなかったようだ。横断歩道の向こう側で、あちゃーという表情でこちらを見ている。
 「?」
 翔子は不思議そうにそんな奈美を見ていると、ピピーという大きな笛のあと、誰かがスピーカーを通して叫ぶ。
 「そこの女子高生。信号無視は駄目でしょう!すぐ、そっち行くからそこにいなさい!!」
 最初は誰のことかと思っていた翔子だが、すぐにそれが自分だと気づいた。
 (えっ、まさか、ここは?)
 一人の婦警が翔子に近づいてきている。
交通課のアイドルこと清静 涼沙(きしず すずさ)。かなりの有名人だ。この近くの交差点付近で交通整備をしている彼女を一目見ようといつも、何人かが集まっていたりする。翔子ももちろん彼女のことは知っていた。あくまで話の範囲で。
 「さて、どういうことかしら?」
 翔子の前に立つと涼沙は翔子に問い詰めてくる。
 「えと・・・・急いでいたものですから。」
 確かに急いでいる。急がないと門限に間に合わない。
 「そう。でもね、信号無視はいけないと思わない?」
 優しい口調で語りかけてくる涼沙。でも、翔子は異様な圧迫感を感じた。
 「そ、そうですね。いけないですよね。でも・・」
 「でも?」
 (うう、怖いです・・)
 翔子は後退りをする。そのまま逃げ出そうかと思ったほどだ。
 「でも、お腹がすいていたのよね〜。」
 と横から奈美が入ってきた。なにか非常に楽しそうだ。
 それと、気がつくと、翔子たちの周りに人が集まっている。きっと涼沙のファンたちだろう。
 「奈美ちゃん・・!」
 翔子は静かに奈美の言葉をたしなめる。
 「だって、そうでしょう?早く行かないと、門限に間に合わないもんね。ああ、あたしのアツアツコロッケはいずこに?クスクス。」
 「・・・・・・。事情は分かったわ。」
 「えっ。分かってくれてんですか?」
 涼沙の言葉にぱあと顔を明るくして翔子が言う。
 「ええ。分かったわ。・・・とりあえず、反省文書いてね。」
 「えっ・・・?」
 「反省文。いまここで、はい、これ。」
 一枚の用紙が翔子に手渡される。
 「えと・・・どういう意味でしょうか?」
 「ええ。あなた今、非常に急いでいる。そうなのでしょう?」
 涼沙のその問いにとりあえず頷く翔子。
 「だから手っ取り早く、反省文で済まそうと思ってるわけ。あなた悪いことしたんだから。」
 「は、はあ。」
 「諦めなさいって。お仕置きされないだけましよ。ああ、それと、コロッケは買っといてあげる。反省文頑張ってね。」
 急なことに戸惑っている翔子を尻目に奈美は楽しそうにそう言う。
 「お、お仕置き・・。本当なんですか?」
 なにがなんだか分からず、そんなことを涼沙に聞く翔子。
 「・・知らないわよ。反省文、頑張ってね。」
 適当に翔子の問いに答えてから涼沙はにっこりと後を続けた・・。


 『大変だったんですね。』
 夢の中。本当に夢の中かは翔子には分からなかった。
 ラファナが目の前にいる。静かな場所。光で満ち溢れている。
 「本当に、そうだったんですよ。奈美ちゃん面白そうにしてるし。」
 『でも、コロッケは食べれたのでしょう?』
 「はい。」
 『クスクスクス。それなら良かったのでは?』
 「でも、反省文書かされました。はあ。」
 『気を落とさないで。次、気をつけたらいいだけですし。』
 「もう、ラファナさん。人ごとだと思って・・。」
 そう言って、翔子とラファナは笑い合った。
 「・・・でも、不思議。ラファナさんとこうして話しているなんて。」
 『あなたとのつながりが強まれば、普段でも話せるようになります。』
 「そうなんですか・・・?」
 『ええ。あなたが私のことを本当に受け入れてくれれば。まだ、疑いがあるようですものね?』
 「えっ。それは・・・・。ラファナさん、自分の事、話してくれませんし。どうして、わたしの中にあなたがいるのかも・・・。でも、あなたがわたしを守ろうとしているのだけは感じるのです。・・・ラファナさんのこと、信じています。でも、何か聞きたい。何でも良いですから、ラファナさんのこと。」
 『・・・・・・。いいでしょう。少しだけ。・・・。私は“聖綸”と呼ばれるものの一人です。』
 「聖綸・・・?」
 『“聖綸”・・聖なる者。聖なる者の中で特別な者たちが聖綸と呼ばれています。私はその一人。そして、あなたは私を受け入れることが出来る力を持っています。・・・。あなたは特別ですから。』
 「ラファナさん?それは、どういう・・」
 『くすっ。教えてあげません。」
 「・・ひどいです、くすくすくす・・。ところで、一つ思ったことがあるのですけど・・他にも聖綸っているのですか?ラファナさん、その聖綸の一人だって言いますから・・。」
 『教えてあげません。』
 「ラファナさん!」
 『冗談ですよ。でも、いずれ分かります。だから、今は・・』
 意識が遠くなっていく。夢から覚めるのだろうか?
 『だから、今は・・私を信じて・・・』
 ラファナの声が聞こえなくなる。
 翔子は薄れる意識の中で、そっと思った。
 信じます。ラファナさんのこと。だって、ラファナさんって、温かい・・・。


         〜〜〜〜〜〜〜〜〜

   B

 「また、あなたなの?」
 涼沙は呆れた様子でこの前交通違反(?)で反省文を書かせた少女を見つめていた。
 少女は今日は一人のようで、表情には何か危機感があった。
でも、そんなことを気にする涼沙でもない。
 「ごめんなさい。急いでるんです。」
 涼沙の引止めにその少女・・翔子は早口で言った。
 「そうね。門限があるものね。・・でも、また信号無視は頂けないな。」
 「・・・ごめんなさい。本当に急いでるんです。この場は見逃してくれません?」
 目の前の少女は本当に急いでるようだった。表情に余裕がない。涼沙はそれを感じて、
 「わかったわよ。今は見逃したげる。とりあえず、学生証出して。・・・これ預かっておくから、用事済ませたら警察署に取りに来るように。いいわね。」
 翔子は涼沙の言葉に頷いて、さっさとどこかへ走り去っていった。後で警察署へ行かなくてはいけないことなどこの時は考えてる余裕もない。なぜなら・・狂魔が出現したからだ。


 それから一時間後、涼沙は外での勤務時間も終わり、本部へと帰っていくところだった。手には先ほど預かった学生証がある。真っ直ぐな瞳の綺麗な少女が学生証の写真の中にいた。名前がその写真の隣に書いてある。「舞亜 翔子(まいあ しょうこ)」。
 「翔子ちゃんね・・・。」
 不覚にも、この前の反省文の時、名前を書かせるのを忘れていた。だから、今初めてあの少女の名前を知ったのだ。
 涼沙は早足で出来るだけ人の通らない道を通って本部に帰っている。彼女のファン(?)に見つかると面倒だからだ。知らないうちに有名になった感じがある。
 もうすぐ夜になることもあってか、今歩いている道は暗かった。寂しくもあった。人がいない。でも・・・
 涼沙は立ち止まった。
 (・・・何かいる?)
 暗い場所の中、赤く光る何か・・赤く光る目がこちらを凝視している。
よく見ると、シルエットがはっきりしてくる。
 羽がある大きな何か・・はっきりいって人間とは思えない。
 (もしかして・・・・狂魔とかいう奴?)
 一般的に狂魔のことは知られていない。狂魔のことは警察内でも極秘情報としてほとんどの人は知ることはできない。しかし、涼沙はその情報を知っていた。趣味として極秘にその極秘情報を見たからだ。そのことを知られたらかなりやばい。
 相手が涼沙へと近づいてくる。
 ぱっと、近くの電灯の火がともり、相手の姿がはっきりと映し出された。
 どこかで見た悪魔の肖像画。その悪魔がまさしく目の前にいた。
 涼沙は途端寒気がした。危険を感じた。周りには誰もいない。逃げようとした。身体が硬直して動かない。相手は涼沙がとっさのことで動けないことを知ってか、ゆっくりと涼沙へと迫っている。なにもなく、通り過ぎてくれる雰囲気はまったくなかった。
 (・・・くっ。逃げられそうにない・・・。やるの!?)
 相手の狂魔がかなり近くまで接近している。もはや、ここからでは逃げ出せる余裕はなかった。もしかしたら、最初から逃げることは出来なかったかもしれない。
 涼沙は覚悟を決め、警護用に携帯している小型の拳銃を取り出して、相手に否応なく撃ちだした。
 二発、三発・・
 乾いた音を出し、拳銃から銃弾が発射される。
 狂魔にちゃんと当たってはいる。しかし、ダメージは全然なく、狂魔はなにもなかったかのように涼沙のほうを見ていた。そして、狂魔の目がぎらんと光るや、驚くほどの跳躍で涼沙の目の前に迫り、襲い掛かってくる。
 「・・くっ!!」
 涼沙は、反射的に狂魔の第一撃を避けた。ほとんど偶然である。しかし、その時に拳銃を落としてしまっている。
 すぐに、二撃目が涼沙へと襲ってきた。先ほどの回避で体勢を崩していた涼沙には避けれるものでなかった。しかし、狂魔のその攻撃は涼沙に当たらなかった。
 どさっ・・・
 涼沙の目の前で、今まさに涼沙を襲おうとした狂魔の左手がどさりと地面に落ちた。狂魔は怒りのうなり声をあげ、自らの腕を切り落とした相手を凝視する。
涼沙もさっと狂魔から離れ、その後狂魔の視線の方へと向いた。
 光り輝く色の長い髪の女性がそこにいた。神秘的な雰囲気が彼女にあった。
 その彼女はちらと涼沙を見るが、すぐに狂魔へと意識を戻す。
 その直後、狂魔は湧き上がる怒りをぶつけるかのようにその女性に襲い掛かった。
 その女性・・・ラファナは冷静な表情で狂魔の一撃を軽く避けるや、パアアと右手に剣の形をした光を出現させ、目にも止まらぬ速さで狂魔を切り裂く!!
 『・・・・・・グオオオオオ、オ、オ・・・』
 拳銃による攻撃には全く影響がなかった狂魔だったが、ラファナのその一撃により、崩れるようにして消滅した。
 涼沙はその光景をぼけーと見ていた。はっきり言って現実離れしている。
 ラファナが涼沙へと近づいてくる。
 涼沙はなにぶんか我を取り戻して、自分に近づいてくる彼女を見つめた。
 視線を感じたラファナは涼沙に向けてニコッと笑うと、いきなり何の前触れもなく全身が光り輝く。そして、光り輝いた後には、先ほどの女子高生がいた。舞亜 翔子。
 涼沙と翔子の目がパッチリ合った。

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第三章   “魔綸と呼ばれる者”

 @

  神話だった。
 聖なる女神と魔王が対峙した。
激しい戦闘の末、女神と魔王は相打ちに終わり、女神と魔王はそれぞれ、四つに分かれた。
 それが『聖綸(せいりん)』、そして・・・『魔綸(まりん)』、と呼ばれる者だった。

 魔物の世界がある。
 『魔綸』はその血塗られた世界を統治し、一つの安定をもたらす。
 その後、『魔綸』の一人が、ある世界に目を向けた。
 それが、この世界。我々が住むこの世界だった。
 その『魔綸』は世界の壁を破り、この世界に現れ、巨大な力で支配しようとした。
 世界は滅びかけた。しかし、滅びなかった。
 四人の女性―『聖綸』がその『魔綸』を辛くも封じたのだ。
 ある一つの巨木に。



  翔子はぼーとしていた。
 目の前にある「巨大カラフルアイス」が溶け始めているのにも気づいていない。
 「どうしたの、翔子の奴。」
 いつもの婦警姿ではなく、青色のスーツを着た涼沙が、翔子の隣でおいしそうにミックスパフェを食べている奈美に声をかける。
 「うーん、今朝からこうだったんだよね。何があったのかは知らないけど。」
 「親友なんでしょう?」
 アイスコーヒーをストローでかき混ぜながら、涼沙は翔子に目をやる。
 翔子は相変わらず、ぼーとしている。「巨大カラフルアイス」も二、三度口にした程度だった。にもかかわらず、それで半分ほど減っているのが涼沙には納得いかない。
 「親友といわれてもね。翔子って、あまり自分のこと話したがらないし。」
 と奈美もちらっと翔子を見る。
 「・・・?どうしたの?奈美ちゃん?」
 偶然にも奈美と視線が合った翔子は、心ここにあらず、という感じでそう言う。
 「アイス溶けてるわよ。」
 「・・はあ、そうですか・・・。」
 奈美の言葉に翔子はぼけーと返答する。
 翔子のその様子に奈美と涼沙は目を見合わせた。



  ラファナのことを父親の紀双(きそう)に知られてしまった。
 最近の狂魔の強さは前と全く違う。紀双自身、今の翔子では相手しきれないことがわかっていた。なのに、翔子は狂魔を倒している。だから・・・
 紀双は知っていたのだ。最初から、ラファナのこと・・・そして、『聖綸』、『魔綸』のことも。
 紀双は翔子に話した。彼の知っていることを・・・。

 ラファナとはその時の『聖綸』の一人。一人の巨大な『魔綸』を封じ込めた時、彼女は力尽きた。が、彼女は消えたわけではない。
 また、現れる。自分が必要となった時に。
 必要となった時とは・・・封じた『魔綸』が目覚める時・・・。

 翔子、これは運命だ。お前はラファナに選ばれた。お前はラファナとともに戦わなくてはならぬ。
 お前は、他の『聖綸』を見つけなくてはならない。
 『奴』が目覚める前に・・・。


  父、紀双はいつもと違い多弁だった。
 父がラファナのことを知っていたことは別に構わない。父には計り知れない所があったから知っていてもおかしくはないと思った。
 驚いたのはその内容だった。
 『聖綸』。ラファナからその言葉は聞かされていた。でも、本当のことは話してくれなかった。
 『魔綸』。初めて聞いた。強い狂魔のことだろうか?
 魔物の世界。一人の『魔綸』がこの世界にやって来た・・・。
 信じられないような話だったが、父の紀双が冗談や嘘を言うとは思えなかった。
 そして、ラファナも・・・。

 夢の中、ラファナも違うとは言わなかった。ラファナはただ目を閉じてわたしを抱きしめていた。わたしにはわかった。お父様の言っていたことは本当のことで、そして、わたしは戦わなくてはならないということ。 魔綸・・・・・・そのとてつもない存在と。



  「巨大カラフルアイス」はすっかり溶けてしまっていた。
 「・・・?あら、わたしのアイスは?」
 翔子は今ごろそのことに気づいたらしい。
 「見てのとおり、とっくに溶けてるわよ。」
 涼沙はテーブルに肩肘を付けながら翔子を見つめている。
 「そんなぁ。・・・涼沙さん、もうひとついいですか?」
 「あのね、誰がお金払うと思ってるの?」
 涼沙のその問いに、翔子は隣の奈美と視線を交わして、
 「涼沙さん」
 と翔子と奈美はタイミングよくはもった。
 「あなたたちは・・・。ふう、やっぱり親友なのね。」
 涼沙は奈美に意味ありげな視線を送る。
 奈美は適当に笑って、その視線に答える。
 「ねえ、涼沙さんいいでしょう?わたし、このアイス楽しみにしていたんです。」
 「翔子にもう一個おごるのなら、あたしにもおごってくれるのよね。・・・あ、このバナナパフェがいいなぁ。」
 「あ、それではわたしは、このデラックスパフェアイスを。」
 翔子と奈美の期待げな視線に思わずため息をつく涼沙であった。


 「で、本当は何があったの?」
 夕暮れの道。涼沙は翔子を送っている所だった。奈美は帰る方向が違うため途中で分かれている。
 「何がですか?」
 「・・・3,750円。そう言ってとぼけるのなら、さっきの奴、返してもらうわよ。」
 「そんな。・・・わたし、そんなお金持ってません。涼沙さんがおごってくれると言うから。」
 「ええ。で・も。隠し事はいけないな。あたしとあなたの仲でしょう?」
 二人はあの事件以来ちょくちょく会っている。知らない間に仲良くなっていた。まるで姉妹のように。
 「どういう仲かよく分かりませんけど。・・・くすっ、でもいいのですか?聞いたら後悔するかもしれませんよ?」
 いたずらっぽい瞳で翔子は涼沙に語りかけてくる。
 「いいわよ、別に。どうせ、あたしには関係ないし。」
 「・・・ひどいです。聞くだけ聞いて捨てるのですね。」
 「ひどい言われようね。・・・何か悩んでいるのならお姉さんが聞いてあげようという気持ちがあなたには分からないの!?」
 「・・・涼沙さん。・・・・・・冗談ですか?」
 「本気よ。」
 「・・・冗談って顔には書いていますけど・・・。ふう、わかりました。」
 結局、観念した翔子は涼沙に父親―紀双の言ったことを話したのだった。

         〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 A

 「転校生だ。仲良くしろよ。」
若葉第三高校。
 翔子のクラスに転校生がやって来た。
 鹿野 祥子(しかの しょうこ)という女の子だ。

 2年C組の担任の小暮は転校生を軽く紹介するや、すぐに教室外へ出て行った。
 「ねえ、翔子。なんかあの子、あなたに似てない?」
 前の席に座っている奈美が後ろの翔子にそう語りかけてくる。
 「そうですか?・・・似てないと思いますけど。」
 翔子はおっとりとそう言う。
 「似てるわよ。名前も“しょうこ”って言うし。・・・もしかして、生き別れの妹とか?」
 「絶対違います。」
 「冗談よ。・・・でも、似てるわね。」
 鹿野 祥子と呼ばれるその女の子は、教室の何人かの生徒に囲まれてあれやこれや聞かれていた。
 しかし、彼女はそれらを無視して真っ直ぐに翔子らのほうへやって来る。
 「?」
 翔子は自分の方に近づいてくる鹿野祥子を不思議な顔で見た。
 「やっぱり、あなたの妹とかじゃないの?」
 奈美はいたずらっぽい表情で翔子に言う。
 鹿野祥子は案の定、翔子の前で止まり、翔子の顔をじっと見て、
 「舞亜さん。これから仲良くしましょうね。」
 と言うや、自分の席のほうへと向かった。
 席へと向かう彼女を相変わらず不思議そうな表情で翔子は見つめていた。

 その日の昼休み。
 翔子と奈美はいつものように、中庭で昼食をとっていた。
 「でも、ほんとあなたにそっくりね。あの転校生。」
 奈美は焼きそばパンをぱくつきながら、翔子に語りかけてくる。
 「そうでしょうか?わかりませんけど。」
 小さなお弁当の中身を翔子はゆっくりと味わうようにして食べていた。
 「うーん、でも、態度とか、喋り方とか、ほら、体育の時間でのあの運動神経、あなたに負けず劣らずッていう風だったし。なんか似てるのよね。他の子に聞いても、そんな感じするって言ってたし。」
 「はあ」
 「まっ、本人には分からないか。・・・それに似てたとしても、これだけは違うだろうな。」
 奈美は意味ありげな笑みを浮かべると、隣においていたコロッケパンを翔子に手渡した。
 「?くれるのですか?」
 そのコロッケパンを見て翔子が言う。
 「うん。」
 「ありがとうございます。」
 「あっ。やっぱり待って。」
 「えっ・・・・。」
 翔子の手にはすでにコロッケパンはなかった。
 どこに行ったかと言うと・・・。翔子が食べてしまっていた。
 「・・・翔子、あなた早すぎ!」
 「・・・くれると言いましたので。」
 「それで、数秒で食べちゃう!普通!?」
 「・・・あれ、いつのまにかなくなってますね?」
 「なにをのんびり言ってるのよ・・・。ふふふっ。食いしん坊の所だけは似てないだろうな。転校生。」
 「誰が食いしん坊さんなのですか?」
 「あなたよ!」
 

 昼休みの後の五時間目の授業。
昼食後であってか、教室内のほとんどが眠たそうな顔で授業を受けていた。何人かは眠っている。しかし、そんなのを気にせず国語担当の林森はマイペースで喋り続けていた。
 翔子もぼーとして林森の話を聞いていた。何とか眠気を振り払っているという感じだった。奈美は机にうつ伏せて眠っている。教室内で鹿野祥子だけは、眠そうな素振りもせず真剣に授業を聞いている様子だった。
林森はこんな教室の雰囲気などお構いなしに、相も変わらずマイペースで教科書の内容を解説していた。
 うつらうつらとしていた翔子は、突然の嫌な感覚にはっとする。
 (なんです・・・。この感じ・・。)
 嫌な感じはますます高まってくる。
 (これは・・・。狂魔!?)
 最近の翔子は、狂魔が近くにいるとその気配を感じられるようになっていた。これも、ラファナの影響かもしれない。
 「先生!」
 翔子はがばっと席を立つ。その急なことに、眠そうにしていた他の生徒たちはなんだぁという感じで翔子のほうを見た。奈美も目を覚ましたようだった。
 「なにかね?舞亜君。」
 のんびりと林森は聞く。
 「すいません!保健室に行きます。」
 翔子は林森の同意を得る前に、そう言って颯爽と教室を出て行った。
 「・・・さて、続けるか。」
 林森は気にした風もなく先ほどと同じように授業を続ける。
 (いいのか、それで!?)
 と教室の生徒は皆、心の中で突っ込みを入れている。
 奈美はぼんやりと翔子が出て行った扉を見ていた。
 そんな中、鹿野祥子はくすっといわくありげな笑みを浮かべていた・・・。

 「このトイレに!」
 女子トイレから、狂魔の気配がする。
 女子トイレでよかったと思いながら、翔子は素早く中に入った。
 誰もいない。しかし、嫌な感覚はさらに増していた。
 ゆっくりと確かめながら、翔子は歩いていた。
 急速に殺気を感じる翔子。
 翔子はトイレの扉を盾にしてどこからか来る自分への攻撃を遮った!
 ばしっつ!
 何かが当たり、盾にしたその扉にひびが入る。
 『翔子さん。代わって。あなたでは大変です。』
 心の中でラファナの声がする。
 扉を突き放して、翔子は相手の狂魔を見た。
 それは宙に浮いていた。何本もの触手が得体の知れない球体から出ている。黒い球根のお化けみたいだった。
 狂魔の触手の先に何十個の黒い光が集まり、狂魔はその黒い玉を翔子に投げつけた!
 「!?・・ラファナさん!」
 避けきれない数の黒い玉が向かってくる中、翔子はラファナの名前を叫ぶ!
 どかあああああっんん!
 幾数もの黒い玉が翔子に当たり、爆発する!!
 数秒後、黒い煙がその周囲に立ち上っていた。
 手ごたえを感じたのか、その狂魔は奇妙な笑い声を上げている。
 しかし・・・
 急にぱああと黒い煙の幕が晴れ、その幕の中から、光り輝く女性が現れた。
 光の『聖綸』ラファナ。
 ラファナの姿を見た狂魔は無差別に黒い玉を繰り出し始めた。その狂魔にもはや笑っている余裕はないようだった。
 黒い玉はラファナに当たるが、爆発せずにただ何もなかったように消えていく。
それを見たからか、狂魔は触手の先を鋭利に尖らせ、その触手の群れをラファナに向け襲い掛かる!
 ラファナはパアと右手に光の剣を出現させるや、自分に襲い掛かってくる触手の群れをなぎ払い、そして、そのまま、本体の球体を切り裂いた!!
 『ダドオオオズウウゥウウウウウ・・・』
 その狂魔は聞き取れない叫び声を上げ、さああと崩れるように消え去った。
 完全に狂魔を消えたのを確かめた後、ラファナは瞳を閉じた。すると、ぱああと光り輝き、ラファナは翔子に戻っていた。被害を受けたトイレも元通りになっている。
 きーんこーんかーんこーん・・・
 その時、5時間目の授業の終わるチャイムが流れ出した・・・・・・。

  夜。
  朽ち果てたアパート。今にも崩れてしまいそうな建物の中。
 鹿野祥子は、そのアパートの一室にいた。
 崩れ落ちた壁、埃だらけの部屋は黒光りのする大きな鏡以外何もなかった。
 祥子はその鏡の前に立ち、うっすらと笑みを浮かべた。
 「鏡(きょう)、見つけましたわ・・・。」
 『噂どおりみたいだね、鏡花(きょうか)』
 鏡に映る祥子の後ろに、一人の青年が浮かび上がってきた。
 祥子・・・・・・鏡花の双子の兄、鏡。彼は後ろから鏡花を抱き寄せる。
 「ええ、いましたわ。ラファナ・・・。」
 消え行く鏡花の言葉に乗せて、二人は闇に沈んだ。

         〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 B
 「はあっ!」
ラファナの気合の一撃が星型の黒い狂魔を真っ二つに切り裂いた!


お昼休み。
「ねえ、翔子。さっき授業を抜け出してどこにいってたの?」
いつもの中庭で翔子と奈美はお弁当を食べている。
「気分が悪くなったから、保健室に行くと言いませんでした?」
「言ってたわ。でも、本当は違うのでしょう?」
ドキッ・・・。奈美の鋭いつっこみにどきりとする翔子は、
「いいえ。何のことかさっぱり分かりません。これおいしいですね〜。」
慌てながら話題を変えようとした。
心の中で、奈美ちゃんごめんなさい。狂魔のことは知られるわけにはいかないの。と思いながら。
「・・いいのよ、別に答えなくても、ちゃんとわかってるから。」
「・・・えっ。」
「・・・お腹すいてたのでしょう?購買に行ってたのよね。照れなくていいのに〜。」
「違います!それでは、まるでわたし食いしん坊さんではないですか?」
「翔子って食いしん坊さんじゃない。ほれ。」
とおにぎりの包みを翔子に見せる奈美。
「・・・くれるのですか?」
「あげない。」
すぐにおにぎりを持っている手を引っ込める奈美。そうしないと知らないうちになくなってしまうこともしばしばあるからである。
「もう、奈美ちゃんったら。いじわるなんですから。」
と言って、翔子はくすくす笑った。

天気の良い昼下がり。
天気とは裏腹に翔子は少々考え込んでいた。
(最近、この学園で狂魔が出てくることが多すぎます。どうなっているの?)
ここ数日、毎日と言っていいほどこの若葉第三高校に狂魔が出現している。授業中もあれば、朝早く、夜中のこともあった。
「翔子ったら、どうしたの?・・・ああ、まだお腹すいてるのね。」
お弁当を食べ終わった二人は、この中庭でのんびりとお喋りをしていた。翔子が急に考えるような仕種をしたので奈美は気になったのだ。
「ちがっ・・」
と言いかける翔子は、はっとこちらに来る鹿野祥子に気づいて、
「祥子さん。もうお身体はいいのですか?」
と心配そうに尋ねた。
鹿野祥子は一昨日の朝早くに狂魔に襲われて、怪我を負ったのだった。そのため、今まで学校を休んでいた。
「ええ。だいじょうぶです。翔子さんが助けてくれたのですよね?お礼を言おうと思って。」
祥子は二人の前に座り、翔子に向けてにっこり微笑む。
「別にわたしは・・。偶然通りかかったら、祥子さんが倒れていたので・・。」
「でも、何で怪我をしたのか覚えてないのでしょう?」
奈美が翔子に続けてそう言う。
「はい。急に衝撃を受けたと思ったら、気を失っていて。・・・気がついたら病院だったので。」
「ほんと、何でしょうね?貧血とかで倒れて、その時に怪我を負ったのではないのよね。」
「はい。病院の先生も何かに殴られたようだと言ってました。」
「翔子どう思う?もしかして、彼女を傷つけた犯人を見たとか?」
奈美のその質問に黙ってしまう翔子。
心の中では、見ました。狂魔が祥子さんを襲っていました。と思っている。
でも、そんなことは言うことはできない。
「・・でも、怪我が治ってよかったじゃない。」
「そうなんですよね。だから、翔子さんにお礼をしようと思って。」
と言う祥子の言葉にびっくりした顔の翔子がいた。


「お礼なんていいですのに。」
放課後の帰り道。
祥子がどうしてもお礼がしたいと言うので、翔子はしぶしぶと祥子の後を追って歩いている。でも、翔子の顔は笑顔だった。それも、祥子が料理店「サザンのみよ」の料理をご馳走してくれると言うので、内心喜んでいるのが顔に出てしまっていたのだ。
ちなみに、奈美は予定が入っていて一緒には来なかった。
「そんなこと言わずに。お礼したいの。もうすぐですから。」
祥子は翔子の手を取って、先先と歩いていく。
翔子は身を任せるように手を引かれながら後に続いたのだった。

「・・・・・・・・。ここですか?」
翔子の前には今にも潰れそうなアパートが聳え立っていた。
こんなところにあの有名な料理店があったなんて・・と翔子は驚いていた。それに気づいている祥子はクスって笑い、
「料理は持ってきてもらうことになっているのです。わたしは今、ここに住んでいるのです。」
と翔子をそのおんぼろアパートの中に案内する。
祥子の部屋の中に入る翔子。
薄暗く、埃もあり、誰かが住んでいるような部屋ではなかった。
「?祥子さん?お部屋間違えたのでは?」
と聞いてくる翔子の横を通り、
「こちらへ。」
と奥に入っていく祥子。
翔子は気になりがらも、祥子の後に続いた。

奥はさらに暗く、そして、冷んやりとしていた。
祥子は黒く光る大きな鏡の前に立つ。
「祥子さん?」
暗闇の中、その鏡の周りだけが薄く光っている。
その大きな鏡には目の前の祥子が写っている。
ふと、翔子は自分の身体が重く感じだした。いや、金縛りにあったかのように身体が動かないのだ。
「うっ・・・。」
力が抜けていくのが感じる。周囲には邪悪な気配が漂っていた。
「ふふふっ。翔子さん。残念でしたね。でも、あなたが悪いのですよ。」
翔子の前に祥子はいなかった。その向こう、鏡の中から祥子の声が聞こえてくる。
「・・祥子さん・・・?」
強い金縛りの中、やっとのこと鏡の方を見る翔子。
そこには、翔子・・・。舞亜 翔子自身が写っていた。しかし、その鏡の中の翔子は自ら意思があるようにうっすらと笑みを浮かべている。
「ふふふっ。鹿野祥子は君をモデルとして作られたもの。気づかなかったのかい?」
と翔子の耳元でささやく声がする。男の声だった。
「”鏡(きょう)。彼女は何もできないわ。わたしの術の中にいるのですもの。」
鏡の中の翔子がそう言う。
「そうだね。鏡花。・・ふふ、聖綸の一人、僕たち魔綸があなたを闇に陥れてあげましょう。」
と”鏡が翔子に触れるや、翔子の全身に強い電撃が走った。
「くううううう・・・・・!」
翔子はなんとかその苦痛に耐える。でも、身体が全く動かず、どうしようもなかった。
「”鏡。少しずついたぶってあげましょうね。」
鏡の中の翔子・・・鏡花は残忍な笑みを浮かべながら、ゆっくりと手を挙げた。
すると、鏡の中から幾本の刃が飛び出し、翔子を切り刻む!
翔子は強い意識で痛みを堪えていた。
ラファナに変わりたくても、なぜか、ラファナも感じない。
「・・ふふっ。君にはなにもできない。鏡花の鏡の術のなかでは君は鏡花のもの。折角だけど、聖綸に変わるのも無理みたいだね。」
翔子はぼろぼろになるまでダメージを受け続けた。
しかし、倒れることでさえもできず、身体は全く動かない。
「そろそろ、止めを。」
「そうですわね。翔子さん。・・・さようなら。」
鏡の中の鏡花がそう呟くや、鋭い黒い電撃が翔子の周囲に漂い、そして、強烈に襲い掛かる!・・・・・・
パリンンン!!
鏡の割れる音がした。
翔子の前の大きな鏡が粉々に割れ、破片が飛び散っていた。
「!?なんだと・・・!」
”鏡は目を見張った。
黒い電撃は翔子に届くことなく消え去り、翔子自身も金縛りが解けたようにひざまずいた。
「ふふん。翔子、感謝しなさいよ。」
部屋の入り口の方からそう声がする。
涼沙の声だった。
涼沙は一度、二度と拳銃を”鏡に向かって撃ち、そのまま駆けつけるように翔子の所までやってくる。
「涼沙さん・・・。どうして・・・・?」
痛みに堪えながら、ぽつりぽつりと呟く翔子。
「どうしてって。この部屋の隣があたしの住んでいるところなの。誰も住んでいない部屋から声が聞こえたから何かなと思って。」
涼沙は拳銃を”鏡に向けながら、翔子の問いに答える。
「・・ふふふっ。そうですか。邪魔が入りましたか。ここならば、誰も来ないと思っていたのに。」
”鏡はダメージも何もないかのように翔子たちの方へ視線を向ける。
「こいつ、狂魔なの!?全然効いてないわ!」
「狂魔?あんな雑魚と同じにしてほしくありませんね。僕は魔綸の一人。狂魔とは全然違いますよ。」
”鏡はそう言うや、強い意識を翔子たちの方へと衝撃波として飛ばした!!
バシュウウウウウウ!
強烈な黒い衝撃波が翔子たちに当たる!?
・・・が、衝撃破は翔子たちに届く前に消えていた。
ラファナ。光の『聖綸』のラファナが翔子から姿を変えて現れた。
「お久しぶりね。ラファナ。」
場にそぐわない明るさでそう言う涼沙。
「そうですね。・・・離れていてください。」
ラファナも明るく答えて、涼沙を後ろに下がらせて、ラファナは”鏡と対峙する。既に右手に光の剣を持っている。
「光の聖綸ですか・・・。どの程度か、確かめてもらいましょう!」
”鏡は強烈な電撃の群れをラファナへと何発も放つ!
しかし、そのどれもがラファナの一振りで消滅していった。
「・・なんだと!」
驚愕の声をあげる”鏡。
「次は私の番ですね。」
ラファナは気合を込めると、光に合わせ必殺の一撃で”鏡を斬る!
「ぐ、ぐおおおおお!!」
”鏡の身体に光の筋が入り、そこから黒い闇が溢れ出していた。
ラファナはもう一度、光の剣を”鏡に向ける。
「おおおお!鏡花何をしている!早く、この女の肉体を奪え!!!」
”鏡の雄たけびがこだまする。
ラファナはその雄たけびをも裂くように、強烈な光の一撃を”鏡へと繰り出した!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっぅっつ・・・・・・・!!」
ラファナの一撃で、膨大な光に包まれた”鏡は消え行くように、闇を消滅させる。
”鏡の雄たけびが消えると同時に、闇も消えていく。
後には、優しい光が周囲に広がっていた。

”鏡(きょう)と鏡花は一人の人間だった。しかし、魔綸として目覚めた時に二つに分かれたらしい。一人は闇の中、消滅した。
もう一人は・・・
鏡花・・・鹿野祥子はその後、翔子の前に姿を現した。
『鏡』の魔力が鹿野祥子としての存在を残していたらしい。
祥子は翔子にある言葉を告げた。
  「魔彰宗(ましょうそう)は目覚めています。」
と。


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