第4章 “アレスティアとソファフィ”
『魔彰宗(ましょうそう)は目覚めています・・・。』
鹿野 祥子が残したこの言葉は、ラファナにとってはショックだった。
ラファナのこの動揺は、翔子にも伝わっていた。翔子はラファナのことが良くわかるようになってきている。
ラファナの動揺は翔子の動揺でもあった。
魔彰宗・・・・・・
翔子は、父 紀双(きそう)に問う。
・・・・・・・魔彰宗は封じられた『魔綸(まりん)』のことだ。その力は『聖綸(せいりん)』が力を合わせて、やっと封印できたことを見ても分かる。封印したというが、それは倒すことが出来なかったということだ。魔彰宗は『聖綸』たち全員の力のさらに上を行く。
だが、目覚めただけでは、まだ大丈夫だ。封印がとかれるとき、その時が魔彰宗、本来の力を取り戻す時・・・・・。
紀双の言葉、そして、ラファナの動揺。翔子はある決心をしていた。
早く、他の『聖綸』たちを見つけないと・・・・・・。
* * *
龍水 水玲(りゅうすい みずれ)は、優しくてお淑やかな性格だった。真面目で誰からも好かれるタイプであり、本当に周りの人には好かれていた。
彼女は、生まれた時から母親と祖母の三人暮らしだった。父はいない。彼女が十歳の時、祖母が亡くなった。
母親は、元々体が弱く、水玲が十五歳の時、療養のため遠い場所へと移った。
水玲は母と一緒に行くつもりであったが、母の方が断った。
「あなたには、あなたの生き方があるのよ。私のことは大丈夫ですから」
手紙のやり取りだけが、今の水玲にとり、母との繋がりだと言えた。
母もいなくなり、水玲は大きな屋敷に一人で住むことになった。使用人を何人か母が雇っておいたのだが、水玲が断った。いっそうのこと、一人で暮らしたかったのだ。
でも、寂しさを感じるようになっていた。
独りの寂しさ。
一人でいるのが、怖く感じ始めた。
水玲は女学園の純鏡学園に通っている。
一人の怖さをまぎらすためか、水玲は一日のほとんどをこの学園内で過ごしていた。充実した設備、仲の良い友達、楽しいと思えた。
でも、何かまだ、水玲の中から恐怖は抜けなかった。一人になると現れる感情。寂しさ、恐怖、そして悲しみ。
でも、水玲はそんな感情に負けるほど弱くなく、でも、打ち勝てるほど強くもなかった。
「水玲さん、見て。」
純鏡学園内の廊下を水玲と仲がいい神野 春美(かみの はるみ)が歩いていた。
夕暮れ時。授業も終わり、放課後の時間だ。
春美の視線の方を見る水玲。
やや大きめの美術室で、美術クラブの何人かが、一人のモデルを囲んで絵を描いている。
それだけなら、別に珍しくもないが、今日は他の学園の女生徒も混ざっていた。
春美はそのことに興味を覚えたらしい。
春美は、美術室の方へと行こうとする。でも、水玲は躊躇した。
水玲は、気付かないうちに人見知りしてしまうところがある。知らない人の輪に入るのは苦手だった。それに引き換え、春美は違う。興味があれば、そこへ入っていこうとする。ある意味、危なっかしいのだが、おっとりとした性格と相まって、春美の親しみやすさが出ている。
水玲は、春美のそういう性格が好きだったし、また、春美も水玲の落ち着いた態度に惹かれていた。
躊躇する水玲の手を取り、春美は美術室へと向かう。
水玲は戸惑うが、春美の勢いに乗せられて、美術室へと入った。
適当に談笑しながら、美術クラブの女生徒は絵を描いている。水玲のことを知っている何人かは水玲を見て、会釈していた。モデルをしている女生徒も水玲に挨拶をしようとするが、動かないで、と他の人たちに言われていた。
春美は興味津々という感じで、みんなの絵の様子を覗き込んでいた。
水玲は遠くから、みんなの様子を見ていた。
他の学園の生徒も、違和感なく溶け込んでいる。水玲を見て、軽く会釈する子も何人もいた。水玲も、軽く会釈を返すが、話し掛けることはしなかった。
春美はすでに、他の生徒の人の楽しそうに話している。
すごいな、と水玲は思う。でも、水玲はやはり遠くから、みんなの様子を窺っているだけだった。
ふと、水玲はみんなの輪から外れ、一人黙々と絵を描いている者に気づいた。
制服からすると、他の学園の女生徒らしい。
綺麗な雰囲気だが、人を寄せ付けない何かがその彼女にはあった。
ぱっと、彼女と視線が合う水玲。水玲は思わず、視線を逸らしてしまった。
悪いことをしてしまったかも、と思い、彼女の方をちらっと水玲はうかがった。
彼女は気にもせず、ただ黙々と絵を描いている。
ひとり、ぽつんといる彼女。水玲は何か惹かれるものを感じた。
気づかれないように、そっと彼女の後ろに回り、彼女の描く絵を見た。
・・・・・・
綺麗だった。見とれてしまうほど、その絵は上手だった。まだ、完成とはいえないが、この段階でも、絵に“生きている”感じが伝わってくる。
動かす手も早く、みるみるうちに完成へと近づいていく。色使いもよく、モデルの良さがちゃんとその絵には映し出されていた。
絵を描くことには、素人の水玲にも、彼女の描く絵の素晴らしさは伝わってくる。
ばっと、その彼女は立ち上がった。びくっとしてしまう水玲。
彼女は水玲に気づかないのか、それとも、気づかない振りをしているのか、ささっと片付けると、美術室から出て行こうとする。
「ちょっと!魅影さん!帰るの?」
同じ制服の女生徒が、何も言わずに出て行こうとする彼女に声をかける。
「・・・・・・もう、描き終わったから。」
と必要なことだけを言い、彼女は出て行った。
水玲は、食堂にいた。春美も、しばらく一緒にここで話をしていたが、また、美術室の方へと戻っていった。他の学園の生徒とすっかり仲良くなった様子だった。
水玲は一人、紅茶を口につけていた。
「ここ、いい?」
ぼーとしていた水玲は、その突然の声に驚いてしまった。
水玲の同意を得ることなく、水玲の前の席に座る彼女。先ほどの絵を描いていた人だ。知り合いから魅影さんと呼ばれていた人。彼女は、じっと水玲を見ていた。
「・・・・なんでしょうか?」
水玲は落ち着いた口調でそう言った。
彼女はしばらく、水玲を見ていたが、何かを決めたらしく、水玲に言う。
「あなた、あたしの絵を見てどう思う?」
見ていたの知っていたのですね。と水玲は思いながら、
「すごく上手でした。綺麗に出来ていました。」
感じたことを素直に言った。
「そう。・・・よかったら、モデルにならない?あなたのこと、描いてみたいの。」
その突然の申し出に、内心びっくりする水玲。
魅影という彼女はじっと、水玲を見ている。先ほどの近寄りがたい様子はまだあったが、優しい感じの雰囲気を水玲は感じることが出来た。
「・・・・・・どこで、モデルをするのですか?」
「私の家でよ。」
水玲の問いに、はっきり答える彼女。
水玲は、ゆっくりと頷いた。
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A
魅影 麗美香(みかげ れみか)は親が嫌いだった。まったく、自分の事を見てくれようとしない。ご飯だって一緒に食べたことがあるのだろうか?
いつも、テーブルにお金が置いてある。それでなんとでもしてくれという様子だ。遊んでもらったこともない。親自身、子供が嫌いだったのだ。
感謝はしている。しかし、好きにはなれなかった。
麗美香は両親と別れた。両親と決別したのだ。
彼女は孤独だった。知り合いはいる。友達もいる。恋人もいた。しかし、孤独だった。彼女の性格が孤独を好んでいたのかもしれない。一種の近づきがたい雰囲気を持っている。でも、優しかった。そのため、一部では変人扱いをされているが、彼女を応援する人もいる。麗美香は笑わない。でも、優しさを内に秘めていた。
いつからか、絵を描くようになっていた。しばらく、自分を置いてくれた20歳後半ほどの血のつながりなどない“姉貴”が「上手だね」と言ってくれたことがその始まりだったのか?
麗美香の描く絵には心がこもっているようだった。“生きている”感じがする。コンクールで認められた彼女の絵は、時間が過ぎるともに、大きく花開き、幾らかの値段で売れるようにもなった。
今、麗美香はやや大きめのマンションで一人暮らしをしている。“姉貴”とは離れた。いや、“姉貴”は私が怖くなったのだ。
麗美香が十五歳の時、親と決別して2年以上経ったその日、それがおきた。
狂魔・・・・・。“姉貴”と二人暗い夜道を歩いている途中、巨大な犬の形をした狂魔とばったり二人は出くわした。その狂魔の口と思わしい所から生々しい血が滴り落ちていた。よく見ると、人の形をした何かが側で倒れ、血を流している。
“姉貴”はそれを見て、凍り付いていた。いつも気丈な彼女だったが、今回ばかりは、狂魔に恐れ震えていた。
麗美香は信じられないぐらいに冷静に今起きている現実に直視していた。怖いとは思わない。いや、このときの麗美香はまだ、自分が大事とは考えられなかった。死ぬのも仕方ないというような、諦めのようなところもあった。
とにかく、麗美香は冷静に狂魔を見ていた。
狂魔は麗美香たちの気配に気づき、血が滴る牙を麗美香たちに向ける。麗美香はどうするのか“姉貴”を見た。2メートルほどの頑丈な男を前にしても、恐れない強さを持つ“姉貴”が今は、恐怖の表情で狂魔を見ていた。麗美香は“姉貴”の腕を取り、逃げようとその腕をひっぱった。しかし、“姉貴”は動けなかった。腰が抜けたのかその場で座り込む。狂魔は絶好のチャンスとばかりに麗美香たちに襲い掛かってきた。
ばしゅっ・・・・・・・
麗美香はなんとか“姉貴”を突き飛ばしていた。そうしなければ、“姉貴”は狂魔の牙で首を切られていたかもしれない。しかし、無事ではなかった。
“姉貴”の左の肩口が鋭く斬られている。また、麗美香も両腕に傷を負っていた。
“姉貴”は驚愕の悲鳴をあげた。麗美香の知っている彼女ではない。恐怖に包まれている。
その悲鳴に反応したのか、狂魔は“姉貴”に狙いをつけ、獣を追い詰めるかのようにゆったりとした動作で動く。
麗美香は叫んだ。逃げるようにと。しかし、“姉貴”は動こうとしなかった。もはや、動けないのだ。
狂魔はここぞという様子で素早く“姉貴”に襲い掛かる。
このとき、麗美香の中で何かが弾けた。
強い力の意志が麗美香の全身にうごめき、そして表面化していた。
ドゴシュウウウウ・・・・・!
狂魔の牙が“姉貴”に喰らい付くまさにその時、“麗美香”は狂魔の顔を鷲掴みし、そして、そのまま、遠くへ放り投げた。
暗い色の霧のようなものが“麗美香”の周囲に漂っている。“麗美香”は横目で“姉貴”を見る。“姉貴”は狂魔を見る目と同じように”麗美香”を見ている。表情が恐怖で引きつっている。“麗美香”が少し近づくと、来ないで!と拒否の反応を示した。
“麗美香”は“姉貴”のその態度を無表情で眺めていた。悲しいとは思わない。なんとも思わなかった。
狂魔は怒り狂った様子で“麗美香”に襲い掛かってきた。
ばしっ!!!
“麗美香”を喰いちぎろうとする口を“麗美香”は平然と片手で受け止める。
狂魔は“麗美香”の圧倒的な力の前に動こうにも動けないでいた。
『バカな奴。あのまま逃げれば、消えずにすんだのに』
“麗美香”からそういう言葉が流れる。
“麗美香”は力をイメージした。
グオオオオオオオ・・・・・・・・
狂魔は黒く燃え、そして、塵となり消えていった。
“麗美香”はそのまま、その場を立ち去った。“姉貴”はすでに、“麗美香”を拒絶している。
“麗美香”は一人、夜道を歩いた。これからどうしようかなんて、考えない。このまま闇に消えてもいいような感じがした。しかし、その感覚は振り切った。光のあるほうへと歩こうと思った。
声が聞こえる。
『そのまま、諦めればいいのよ。そうすれば、あとは私があなたの代わりに生きてあげる』
麗美香は答えた。
「もう私は、誰の力も借りない。」
この時、麗美香の中に『ソファフィ』という名の力を持つ存在が出現したのだった・・・。
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B
水玲(みずれ)は服を着ていた。
ここは麗美香(れみか)の住んでいるマンションの部屋。
麗美香は道具の片付けをしている。
水玲は麗美香の絵のモデルになっていたのだ。
あの時出会ってから、3ヶ月ほど経っていた。
小さめの椅子つきのテーブルに二人はカップを手に、お茶を飲んでいる。
特に会話をすることなく、お茶を飲みながら二人は時間の過ぎるのを、ただ待っているようであった。
水玲は、ふと横に目を向ける。何枚かの絵が壁に掛けられていた。その中に、水玲を描いた絵もある。恥ずかしそうな表情で、真っ直ぐにこちらを見つめる水玲の姿。まるで、今にも飛び出してきそうな雰囲気がその絵にはある。
全部、人物画だったが、それらすべてに生きている表情があった。
水玲はその麗美香の描いた絵が好きだった。そして、こんな素晴らしい絵を描ける麗美香のことも好きだった。いや、例え絵がなくても、水玲は麗美香を好きになっていただろう。麗美香は優しかった。特に優しさを感じる何かをしているわけでないのだが、ちょっとした態度から麗美香の面倒見の良さが現れる。そこに、優しさを感じられたのだ。
水玲は帰宅途中だった。麗美香が送ろうとする素振りを見せたが、水玲は断った。麗美香には、明日までに完成しなくてはいけない絵があった。大きなコンクールに出展するための絵を描かなければならない。麗美香はすぐに完成するようなことを言ったが、水玲は麗美香の邪魔にはなりたくなかったのだ。
水玲はひっそりした夜の道を静かに歩いている。
水玲にとって、麗美香は優しいお姉さんといった感じで、実際水玲はそんなふうに思っていた。しかし、麗美香には何か計り知れない所があった。まるで、人ではないような・・・?水玲は麗美香のそういう部分が知りたかった。もっと、麗美香の事を知りたい。そうすれば、本当の姉妹、家族になれるのに・・・。
電灯の明かりがちらちらと消えたり、ついたりしている。水玲は立ち止まった。
もうすぐ、家に着く。しかし・・・・・・何かが自分の背後にいる。人間でなく、何かが。
無意識のうちに水玲は後ろを振り返った。
水玲は息を呑んだ。黒い化け物がちらちらと電灯の明かりを受けながら、浮かび上がってくるのだ。
狂魔・・・・・。
もちろん、水玲は狂魔を知らない。
黒い化け物―狂魔はゆっくりと水玲に近づいてくる。どう見ても、親交を深めるために近づいてくるようには感じられない。殺気というものが狂魔から出ている。無意識の人の防衛本能がその殺気を感じさせているのだろうか?水玲には狂魔の悪意が感じられた。
普通なら、パニックになりそうだが、水玲は意外にも冷静だった。
ある意味、世間知らずのところが幸いした。本で読む物語で出てくる化け物。そういうのが本当にいるかもしれないという夢見た想像が水玲にはあったのだ。
だからって、戦えるわけではなかった。
殺気を表面に出した狂魔は加速をつけ、水玲に襲い掛かってきた。
水玲はなんとか横に飛んで、狂魔の一撃を避けた。しかし、無傷とはいかない。腰のあたりに痛みを感じた。
この時避けられたのも、小さい時から習っていた武術のおかげだろう。体の弱かった母が自分のようになって欲しくなかったので、水玲に体を鍛える意味も含めて習わせていたのだ。
そういう母の想いを水玲は感謝していた。武術を知らなければ、きっと避けれなかっただろうから。
狂魔はすぐに方向転換して、水玲に狙いを定める。
ぶわと気持ち悪い生暖かい風が向かってくるのを水玲は感じた。
水玲は足がもつれて、よろめいた。しかし、それが幸いした。
狂魔の牙が水玲の上を過ぎる。だが、避けられたわけではない。
狂魔はそのまま、水玲を押し倒し、地面に叩きつける。
うまく受身を取ったといっても、衝撃の痛みはある。
水玲は意識がなくなりそうなのを振り払った。
寒気がした。狂魔は自分の上に乗っている。そして、その不気味な長い舌で水玲の顔を舐めるのだ。
しかし、水玲は冷静だった。痛みが増えている。肩口に狂魔の爪が食い込んでいた。
狂魔は肩口から流れるその血を見て、狂喜の表情をした。狂魔はうまそうに傷口から流れる血をすすった。その時、水玲の中で何かが弾けた。
狂魔は水玲から離れた。本来恐怖を与えるはずの狂魔が恐怖していた。水玲に対して。水玲は特に変わった様子はなかった。いや、ひとつだけ、傷が治っていた。もちろん、すぐに治るものではない。
水玲は冷静な表情で言った。
「残念ですね。あなたでは勝ち目がありません。私の名前はアレスティア。『聖綸』の一人です。」
水の帯が狂魔に絡めつく。狂魔は消えた。
水玲にはわかった。麗美香の計り知れない何かを。
そして・・・・・・アレスティアが目覚めた時、麗美香―ソファフィが近くにいた。
「アレスティア・・・驚きね。水玲があなただったなんて。」
“聖綸”『水』のアレスティアこと龍水 水玲。
“聖綸”『影』のソファフィこと魅影 麗美香。
二人は互いを知った。
第五章 “本当の仲間”
@ “聖綸”探しを始めた翔子だが、なかなかはかどらなかった。婦警で、すっかり仲良くなった涼沙も協力してくれているが、それらしき人物は見つかっていない。翔子たちには人の中にいる“聖綸”を探し出すのはきわめて困難であり、ラファナが感じ取るしかないのだが、まず始めにそれらしき人物に的を当てる必要があるのだけど、その「それらしき人物」がわからず、そして、見つかっていなかった。
翔子と涼沙はため息を吐くしかなかった。
門限に遅れる・・・・・・
とっくに門限の時間は過ぎていた。
あの厳格の父のことだ。よほどの理由がない限り、少し遅れただけで普段以上の怖い雰囲気で翔子を無言で見下ろす。何も言わない所が、さらに怖く、翔子は謝らずにいられない状態になる。
翔子は走っている。
涼沙と色々話をしていると知らないうちに門限の時間が大幅に過ぎてしまっていた。翔子の門限は日が暮れる前であった。そんな早い門限がありますか、と父の紀双に詰め寄ったこともあったが聞き入れてくれなかった。
日はとっくに暮れている。星が輝く夜空である。
翔子はその下を急いで走っていた。
と、帰り道に通る公園を横切ろうとした翔子だが、突然立ち止まることになった。
人気のない公園。特に夜になると人が通りがほとんどなくなる。今も翔子一人だった。
誰もいない周囲。しかし、翔子にはわかる。狂魔がいるのだ。
助かりました。門限に遅れたことの言い訳ができます・・。
などと考えながら翔子は、公園の奥、狂魔の気配がする方へと急いだ。
公園の木の一本が異形な形を突っ立っていた。狂魔だ。
その狂魔は翔子の来ることがわかっている様であった。いままで気配を出すことなく、翔子が近づくと悪しき狂魔の気配をかもしだす。
翔子は普段以上に注意深く、対峙する。しかし、ラファナになってしまえば問題はない。いままでどんな狂魔も、ラファナに関われば、一瞬のうちに塵と化す。
翔子はラファナに変わっている。
ラファナはいつもの調子で、その狂魔をあっさり倒す・・・・・・倒せなかった。
力が弱められている。知らない間に周囲に一種の結界が張り巡らされていた。
罠が仕掛けられていたのですね・・。
ラファナは待ち伏せのようすの狂魔の態度がわかった。
さらに問題なのは、この場所は“光”が届かない所であった。ラファナの力の源は“光”。結界も影響してか、光が全く入ってこない。
ラファナは苦戦を強いられた。相手の狂魔は、特にたいした攻撃はしてこなかった。数本の錐(きり)の枝を無差別にラファナに仕掛けてくるが、ラファナが避けれない範囲ではない。ただ、避けるだけでは相手を倒せるわけでなく、何とか攻撃に移るも、今の力を弱められたラファナでは、狂魔を倒しきれない。ダメージを与えても、すぐそばから再生する。
狂魔は時間を過ぎるのを待っている様子だった。そう、ラファナの影響下が消え、翔子に戻るのを・・・。
ラファナは別に焦ってはいなかった。翔子とラファナはかなり強い絆で結ばれている。このまま、朝までラファナの姿でいることもできるだろう。ただ、その後は翔子は動けないだろうが。
狂魔の攻撃の質が変わりだした。
ラファナのスピードを殺し、動ける範囲を狭めようとしている。
光の届かない所では、ラファナの防御も薄くなってしまう。避けれる範囲も狭められると、さすがのラファナも危険にさらされる。
ラファナは光の球体を生み出すと、木の形の狂魔に向けて、投げ与える!
バシュウウウウ・・・・!
その光球は狂魔の体を貫通して通り過ぎた。しかし、狂魔はまたも再生しだし、貫通したあいた穴を元通りに戻す。
狂魔の一本の枝がラファナの足を絡め取った。
ラファナはバランスを崩す。
その隙に、狂魔は幾本もの錐の枝をラファナに向けた・・・。
その錐の枝はラファナに届くことはなかった。狂魔は黒い塵と化して、消滅していっている。狂魔を倒したのだ。ラファナが倒したのではない。
「お久しぶりね。ラファナ。」
公園の木の上に二人の姿があった。
ソファフィとアレスティア。
この二人が、今の狂魔を倒したのだった。
「・・・!ソファフィとアレスティア。探しましたよ。」
翔子がいくら探しても、何の手がかりもなかったが、向こうから姿を現すとは、ラファナは喜んで二人の下へ駆け寄ろうとした。
しかし、ソファフィはそんなラファナを遮った。
「忘れているの?ラファナ。私はあなたが憎い。あなたは私を捨てたのよ。」
聖女ラファナ。あまりにも強く、そして純粋すぎたため彼女の中で二つの人格ができていた。聖女が聖なる女神の力を宿すことになった時、その二つの人格が二人の“聖綸”となったのだ。光のラファナと影のソファフィ。
ソファフィはラファナに惹かれ、ラファナを嫌っていた。
「ソファフィ・・・あなたの気持ちはわかります。でも、もう私たちは一つになれません。」
「わかっている?嘘ね・・・・・・。私はあなたと一つになりたいわけではないわ。あなたがいる限り、私は悩まされ続けるの、あなたの影にね。」
ソファフィは憎悪にも似た感情をラファナに向けていた。いまにも襲い掛かってきそうな雰囲気である。
「アレスティア、止めてくれないのですか?」
ソファフィはラファナに攻撃を仕向けようとしている。このままでは、本来の仲間である“聖綸”同士で戦う羽目になる。ラファナにはできない。
「私はどちらの味方でもありません。好きになされば。」
アレスティアはそっけなかった。
「ふふっ。よく言ったわ、アレスティア。・・・はじめましょ、ラファナ。私たちはどちらか一人いればいいのよ。」
ソファフィは既に構えている。
影を操るソファフィ。夜の闇の中では、ソファフィの力の本領が発揮する。
いまだに、光の届かないこの場所では、ラファナに勝ち目はない。・・・いや、そうではなかった。光のラファナのほうがソファフィより、力は上だった。このまま、二人が本気で戦えば、ラファナが勝つだろう。
しかし、ラファナには戦えない。でも、このままでは、戦闘になるのは目に見えている。ラファナは考えた。そして・・・・・
ラファナはふっと力を抜いて、翔子に戻った。
ソファフィは戸惑った。少々驚いて、しかし、嬉しそうな様子の翔子がソファフィを見つめている。
ソファフィは、構えをといた。さすがにソファフィも翔子を憎んでいるわけではないので、攻撃する意味が見出せなかったのだ。
翔子は嬉しそうな様子で、
「やっと見つけました。聖綸。二人見つけたということは、あと一人ですね。」
とにっこり、ソファファとアレスティアに微笑んだ・・。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
A
「どうして、あれから姿を見せてくれなかったのですか?」
翔子と涼沙の前には、麗美香と水玲がいる。
ここは、麗美香の住んでいるマンションの一室。
婦警でもある涼沙の努力の甲斐があって、翔子は水玲と麗美香に辿り着いた。
翔子たちが、このマンションの麗美香の部屋を訪れたとき、麗美香はあっさりと中に通してくれた。翔子たちが来ることを予測していたふうがある。
翔子が麗美香・・・・・・ソファフィとはじめて会ったあの時から、2週間ほど経過している。その間、麗美香や水玲のほうから、翔子(ラファナも含め)への連絡はもちろんなかった。
「私はあなたと仲良くするつもりはないわ。」
ちょこんと勧められた椅子に座っている翔子に対し、麗美香は関心のない表情でそう翔子の問いに答えた。
水玲は、麗美香よりかは関心のある様子で翔子を伺っている。
涼沙は勧められた椅子を断り、翔子たちより少し離れた所で、壁に背をもたせて腕組しながら立っていた。
「ラファナから聞きました。色々あるみたいですけど、仲良くできます。仲良くしましょう。」
翔子は本当に仲良くできる・・・・・別の言い方をすると、友達になれると思っていた。そのことに疑いはない。純粋な気持ちである。
「馬鹿みたい・・・。水玲、何か言ったら?」
しかし、麗美香は冷静に拒絶の反応を見せる。
「・・・・・・翔子さんといいましたね。・・・私も仲良くできるような気がします。」
麗美香に話を振られ、水玲はそう言った。水玲は麗美香と違い、翔子のことが気に入ったらしい。
「あなたはどちらの味方なの?」
そんな水玲の態度に、麗美香はそう言うしかなかった。
「・・・・・・両方の味方です。翔子さんは私たちと純粋に仲良くなりたいと思っているわけですから、仲良くしてもいいと思います。」
「ありがとうございます。水玲さん。・・・麗美香さんもなかよくしましょうね。・・・あっ、別にすぐにとは言いませんから、わたし待ってますね。」
翔子はそう言ってにっこり笑う。
でも、麗美香は無関心の表情のままだった。
「でも、意外〜。翔子、いつのまに純鏡学園の人と仲良くなったの?」
翔子の友人の白嶺奈美は、テーブルを向こう側にいる水玲を見ながら、翔子に冗談ぽく尋ねる。
ここは、ショッピングロードの喫茶店の一つ。手作りケーキが人気のお店だ。
「ふふっ。うらやましいでしょう。」
「べつに、羨ましいとかじゃないけど、純鏡学園ってお嬢様の学校よ。・・・翔子とは別世界じゃない。」
「そうですか?」
「自分が、お嬢様に見えるの?」
「奈美ちゃんよりかは、見えるかと・・・。」
「こらっ!」
学校の帰り。翔子は水玲と待ち合わせをしていた。水玲ともっと仲良くなりたいということもあったし、奈美にも紹介しておきたいという気持ちもあった。
水玲は承諾した。水玲は翔子に強い関心を持っている。『聖綸』としてというのを別として、翔子の真っ直ぐな純粋さが水玲には心地よかった。
翔子と水玲はちょくちょく会っている。さすがに親友とまではいかないけど、友達と呼べるほどの関係にはなっていた。
翔子は、拒絶的な態度を取る麗美香の所にもよく通っている。行っても、冷たくされるだけだが、それでも、部屋の中に入れてくれるところを見ると、完璧に嫌だということではないらしい。しかし、麗美香は翔子と仲良くしようという気持ちはないようだった。ラファナとソファフィの確執もある。だが、麗美香は少しずつだが、心境の変化はあった。水玲との出会い、そして真っ直ぐな翔子の気持ち。人との付き合いを拒絶してきた麗美香だが、人との関わりの意味を考えるいいきっかけにはなっていた。
「じゃあね〜。水玲さんも、またね。」
喫茶店で1持間ほど談笑して、奈美は翔子たちと別れた。
奈美は水玲と会ったのは今日が初めてだったが、冗談も言えるような感じになっている。翔子の親友というのもあるが、奈美の気取らない明るい性格も影響しているだろう。喫茶店での一時を水玲は楽しく過ごせていた。
「これから、麗美香さんの所に行くのですか?」
翔子は門限の時間までに帰らなくてはいけない。日が落ちるまでそう時間はなかった。
「はい。そうしようと思っています。」
「わたしも行きたいのですけど・・・。いけなくて残念です」
「また、行ってあげてください。奈美さんも連れて。」
「ええ。そうですよね。奈美ちゃんも連れていこ・・・。くすっ。麗美香さん、驚きますよね。でも、嫌がりません?」
「そうですね。嫌がるかもしれませんけど、奈美さんいいひとだから。・・・・・麗美香さん、本当は、翔子さんと仲良くしたいと思っているはずです。でも、ソファフィさんのことがあるし・・・。ラファナさんとソファフィさんとをまず、仲直りさせなければなりませんね?」
ソファフィのラファナへの憎しみが、麗美香の翔子を拒絶する原因になっていることは否めない。
「麗美香さん。冷たく見えるようですけど、本当は優しいです。言葉には出しませんけど、誰よりも気持ちを理解してくれます。本当に優しいんです。」
水玲のその言葉に、翔子は嬉しかった。それを聞いたら、ますます麗美香と友達になりたいと思う。そのためには、まず、ソファフィのラファナへの憎しみをどうにかしなければ・・・。
町の郊外に大きめの森がある。森の中に神社があり、昔は、そこで祭りも催され、人通りもあったが、現在は人の近づかない魔の森として、誰もその森には入ろうとしなかった。その森の神社も、今では、寂びれ忘れられていた。
その神社の境内の奥に一本の老木がある。巨大な老木。「魔彰宗(ましょうそう)」が封印された場所。
魔彰宗―『魔綸』の一人であり、世界を滅びへと誘おうとした者。その魔彰宗が・・・目覚めた。
目覚めた魔彰宗は、封印を解こうとする。そのためには『聖綸』を亡き者にする必要があった。
魔彰宗は動く。
『・・・『聖綸』どもを消すのは私だ・・・・』
時が動く・・・。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
B
昼休み、翔子にとっては幸福な時間だ。
食べることが大好きな彼女はよく食べる。親友の奈美が呆れ顔で翔子を見ていた。
「毎度のことだけど、よく食べるわね。・・・・・・ほんと、呆れるわ。」
なんと言われようと、翔子は食べる手を止めない。
今日も三人分を簡単に平らげてしまった。
「いただきます」幸せそうに、今度は奈美のパンにまで手をだす。
「待って。それわたしのよ!」
「・・・もう、食べてしまったのですけど。」
ほんの数秒で親友の昼食を平らげてしまう。
「えと、あ、あの・・・怒っています・・・。」
奈美の様子に気がついて恐る恐る尋ねる翔子。
「怒っているわよ!勝手に食べちゃって!!そりゃね、わたしもよくあなたにお昼あげたりしてるけど、勝手に食べるのはなしよ!お金払いなさい!早く、早く!」
「く、くるしいです・・・」
仲良く(?)じゃれあう二人。よくある(?)平和の風景だった。その瞬間までは。
奈美が動かなくなった。止まっているのである。
奈美だけでなく、翔子以外のすべてが止まっていた。風に舞う葉っぱも空中で止まっている。時間自体が止まっているのだ。
狂魔・・・でも・・・。
狂魔にここまでの力があるはずがない。
魔綸・・・・・・。
翔子はラファナになった。
昼休み、水玲は純鏡学園の近くに流れる川辺に座っていた。
川の水面が太陽の光を浴びて輝いている。水玲は静かにその水面を見つめていた。
突如、川の流れが止まる。と、川の流れが反対になった。下流から上流に流れ出したのである。
水玲はすうっと立ち上がった。アレスティアとなって。
麗美香は昼になって起きだした。麗美香の暮らしているマンションの一室。
昨日は夜遅くまで、コンクール用の絵を描いていた。
麗美香は寝ぼけた表情でシャワー室の方へと行く。シャワー室の前に洗面所があり、どこにもあるように大きめの鏡が置いてある。その鏡の前を通るとき、違和感がした。
鏡の方へ振り向く。映っていた。本来映るはずの麗美香でなく、見知らぬ男が。
気がついたら、麗美香はソファフィになっていた。
昼休み、涼沙は誰もいない場所を探して、買ってきた弁当に箸を付ける。
誰もいない所を探したのは、交通課のアイドルである彼女の悲しい宿命である。
意味もなく彼女に群がる男たちに、追っかけの女の子。そう言った人目のつくところでは、落ち着いて食事が出来ない。
本部の食堂に行けばいいのだが、昼間はいっぱいでつい遠慮したくなる。
黙々と弁当を食べていた涼沙に近づいてくる者がいる。十歳ほどの少年だ。
涼沙は直感でその少年は普通でないと感じた。
弁当を横において、制服の中に隠していた拳銃―こんなことがあろうかと思って用意してあった対狂魔用の拳銃を取り出し、涼沙の前で残忍な笑みを浮かべている少年に銃口を向けた。
ラファナは気配のする方へと向かう。
いた。黒い髪の二十歳前半ほどの女性である。一人ではなかった。燃えるような赤い髪の女性と、輝くようなブロンドの女性も、余裕な笑みを浮かべ、ラファナを凝視している。
「はじめまして。私たち魔性三姉妹があなたのお相手をします。」
そう言って、赤い髪の炎紗(えんさ)が燃える龍を創り出し、ラファナに襲い掛かる。ブロンドの雷芽衣(らいめい)は雷を発生させ、炎紗の炎の龍を難なく避けているラファナの頭上にその雷を落とした。
黒髪の斗季(とき)はじっとその様子を見つめている。彼女の力は時間を止めること。ラファナの「時」も止めようと力を送っているが、ラファナには通じていない。
荒れ狂う炎の舞と、雷の連鎖をラファナはことごとく避けていた。
ラファナは光。光の速さで動くことができる彼女に魔性三姉妹は攻撃をあてることが出来ないでいる。
ラファナは、三人の隙を見逃さなかった。素早い動きで、ラファナは魔性三姉妹を倒す。
水面の中央が割れそこから、一人の不良っぽい格好をした男が出てきた。
「俺の名は渦血(かけつ)。お前はここで終わりだ。」
渦血は川の水を巧みに使いアレスティアへと襲い掛かる。
しかし、アレスティアには無駄だった。アレスティアは水。
渦血は自ら生み出した水の武器が自分に向けられていることを気づかない。
「消えろ!」
渦血がそう吼えたとき、渦血自身が消える羽目になってしまった。
渦血は知らなかった。水の扱いに関してはアレスティアに敵わないことを。
鏡の中の男が笑っている。はっきりいって悪趣味である。
ソファフィは不機嫌な表情でその男を見ていた。
「私は映津(うつづ)。あなたは私に勝つことができない。なぜなら、この鏡の中にあなたは入って来れないからだ。あなたは私の手で終わることになる。」
淡々とそう告げた後、映津は弓を取り出し、矢を放った。その矢は鏡を抜け出し、ソファフィに向かっていく。ソファフィはそれをうまく避けるが、矢はソファフィの動きに応じて向きを変えて、いつまでもソファフィを追い続けて来る。
一本、二本と矢の数が増え、びゅんびゅん飛び回る矢の大群の中をソファフィは流れるような動きで避けている。その表情は先ほどと変わらず不機嫌だった。まったくもって面白くないのである。
ソファフィはさっと手を上げた。
それで、終わりだった。鏡の中の映津は黒い影に切り裂かれ倒れる。
「鏡の中にも影はあるのよ。」
消え行く映津の姿を見ながら、ソファフィはそう言い去った。
涼沙は何度も拳銃を放つが、銃弾はすべてその少年の前で弾き飛ばされていた。
「お姉ちゃん、無駄だよ。そんなものでは僕には傷一つつけられない。僕は空芽(からめ)。魔彰宗七気将の一人。あとのメンバーはそれぞれの場所に向かったよ。つまり、誰もお姉ちゃんを助けに来ないということ。」
空芽の言葉を無視し、涼沙は弾が続く限り撃ち放つが、まったく相手には通用していない。
逆に、空芽の攻撃―強烈な突風により、涼沙は遠くへ飛ばされ、地面に叩き付けられた。
「僕は風を扱う。好きなようにね。」
竜巻が発生した。これも少年・・・空芽の力なのだろう。
その竜巻は嘲笑うかのようにゆっくりと地面に叩きつけられ動けないでいる涼沙に近づいていた。
ラファナは急いでいた。
魔性三姉妹を倒したとき、その内の一人の斗季が「涼沙といったかしら。あなたのお知り合いに私の仲間が行ったわ。私たちの中で一番残忍な子がね。」と言い残した。
ラファナは信じられない速さで涼沙の方へと向かう。
しかし、途中で動きが止められた。
木の枝が足に絡まっているのだ。その木の枝はラファナの全身を絡め捕ろうとする。
「ラファナ、お前の負けだ。この恕樹(じょき)がいる限り。」
と、ラファナの動きを止める「木」から声がする。
ラファナは躊躇なく、恐れることなく全身から光を放つ。光はその木を包み込み、そして、光が消えた後には、木も消えてしまっていた。
「急がないと」
ラファナは、素早く飛び去った。
竜巻が涼沙を襲った。涼沙の身体は、竜巻の中で人形のように舞い上げられた。
そのとき、ラファナが辿り着く。
「ふふっ。遅かったね。あなたのお友達はあの中だよ。」
空芽は竜巻を指差す。
渦巻く風の群れに、涼沙の姿はすでに見えない。
ラファナはキッと鋭く空芽を睨む。
「ふふっ。怒った?僕は人が嫌がることをするのが好きなんだよ。」
ラファナの射るような視線を、まったく気にすることなく、むしろ嬉しそうに笑う空芽。
「もう、死んだかな?」
空芽は竜巻を止めた。
空芽は涼沙が木っ端微塵になったと思っていた。
しかし、その当の涼沙が空に浮いている。
重力に逆らうようにふわふわと彼女は空を漂い、しばらくしてゆっくりと地面に舞い降りてくる。
「久しぶりね、ラファナ。」
“聖綸”『癒』のセティナ。彼女は涼沙の中で目覚めた。
「セティナ・・・。涼沙さんがあなただったの・・・。」
セティナはラファナの一番仲の良い姉妹である。
「私は長い間、出ることが出来なかった。この肉体の持ち主である涼沙っていう子の意識が強すぎて。・・・・・でも、こうしてまたラファナと合えたし。さて、さっさと終わらせましょう。私は長い間、出ることが出来ないみたいだから。」
セティナは空芽を見た。
空芽は既に逃げ腰になっている。聖綸二人を相手にして勝ち目がないのは空芽にも分かっていた。
空芽は風に乗り、逃げ出した。だが、押し戻される。
「風を扱うのはあなただけではないの。私も風を扱う。」
セティナの前へと戻された空芽はがっくり力尽きた。
・・・涼沙はぱっちりと目を覚ました。
ラファナが側で様子を伺っている。先ほどの少年の姿は既にない。
「もう大丈夫のようですね。」
「あなたが助けてくれたの?」
涼沙はセティナになっているときのことを、まったく覚えていなかった。
ラファナは軽く首を横に振って、翔子へと変わった。