第6章 “Slight Battle”
「このときが来てしまいましたね・・・。」
「『聖綸』が皆目覚めた。」
「・・・お嬢様に言わなくてよいのですか。」
「かまわん。」
「・・悲しみますよ。」
「逃れることのできない運命だ。私の宿命・・・。」
『聖綸』が全員揃った。
ラファナたち『聖綸』は、魔彰宗を再び封じるために、ある境内の奥―“封印の老木”へ向かうことにする。
四人は集まった。内に秘めたる『聖綸』の意志により。ただ・・
翔子、涼沙、水玲、麗美香の4人は魔彰宗がいると思われる場所へと向かう。
この内、涼沙は消極的だった。自分が『聖綸』だと言われても、ぴんと来ない。涼沙には『聖綸』のセティナになっているときの記憶が全くないからだ。
人の力では、狂魔も脅威だ。涼沙は、足手まといにならないかと思った。
しかし、翔子の頼みとあっては断りきれなかった。
涼沙にとって今は、翔子は妹のようなものだった。
もともと、天涯孤独に近い身の上であり、慕っていた「“お兄ちゃん”」の死により、“家族”というものは涼沙にとって、なきに等しい。
しかし、翔子と出会って、翔子と関わっているうちに“人の繋がり”を再び気づくことになった。翔子は涼沙のことを慕っていたし、普段はどこか抜けている翔子に、涼沙は面倒を見てしまうのだ。
翔子の頼み―本当はラファナの頼みなのだろう。でも、涼沙はその頼みは断れなかった。自分が『聖綸』であることは、どうでもいい。危なっかしい翔子を守ってやらないと・・・。怖くないと言えば、嘘になる。しかし、涼沙の強気の意識が恐怖を克服していた。
麗美香―ソファフィは乗り気でなかった。ラファナとのわだかまりは依然として残っている。しかし・・・・・決着をつけなければならない。ラファナとのそして自分との。
翔子と、水玲に、躊躇はなかった。かなり、いや今まで以上に危険だとわかっているが、二人とも戦うことに怖さはない。翔子は、だいぶ前から狂魔との戦いの中にいたし、水玲も何度かの戦いで、悪く言えば、慣れてしまっている。
それ以上に、翔子はラファナの望みを叶えてやりたかった。今では、ラファナと翔子は一体、離れることのできない間柄だと言える。
水玲は、アレスティアそのものだ。アレスティアが目覚めたとき、すでに、二つの意志は一つになっていた。水玲は麗美香が好きだったし、翔子にも好意を持っている。アレスティアはもともと、ラファナと仲が良かった。『聖綸』の宿命―というより、みんなと一緒に戦うことに、水玲、アレスティアの思いがある。
魔彰宗へと向かう森の中、魔彰宗の力が『聖綸』たちを襲う。
『陰』の糸形(しぎょう)の手により、翔子たち、いや、ラファナたちは分断されてしまった。
涼沙は、驚いた。急に目の前が暗くなったかと思うと、誰もいなくなった。
何かが起こったのはわかる。注意して、周りに意識を向ける。薄暗い森の中、一人の黒い衣装をまとった女が残虐な笑みを浮かべながら、涼沙を見ていた。
涼沙は、反射的に銃を抜こうとする。しかし、できなかった。相手の女の瞳に吸い込まれていく。『誘惑』の魅露(みろ)。涼沙は魅露の瞳に惑わされ、心を奪われていく・・。
翔子は、素早くラファナに変わっていた。とてつもない危険を感じたからだ。
ほんの一瞬の出来事である。ラファナの全身に“糸”が絡まる。
『操り』の曽闇(そあん)。ラファナは彼の手により、操り人形とされる・・・。
水玲―アレスティアは、強い邪気の方へと一人向かう。ばらばらにされてしまったが、そこで動揺している場合でない。敵を倒す。そうすれば、みんなともいずれ出会えるだろう。
アレスティアが向かった先に、巨大な老木があった。記憶がある。魔彰宗を封じた場所。強い霊力を持つその木に『聖綸』がやっとのことで、魔彰宗を封じた。
その一瞬の光景が、アレスティアに浮かぶ。しかし、記憶の光景は一瞬だった。
それ以上に強い邪悪の波動が、アレスティアの心を蝕もうとしていた。邪悪に意識が奪われる・・・。
『陰』の糸形は“彼”の中に麗美香―ソファフィを封じ込めた。
ソファフィは糸形の影の中に引き込まれたのだ。
徐々に力を奪われるソファフィ。闇がソファフィを包み込んでいく・・・。
「ふふ、やっておしまい」
その女の声とともに、涼沙がラファナに銃口を向けた。
ラファナは『操り』の曽闇の糸により、身動きが取れないでいる。強い力だ。魔彰宗の力の分身なのだろう。
「涼沙さん・・・!」
ラファナの声は、涼沙には届かなかった。涼沙は虚ろな瞳でラファナを見ている。操られていることは、ラファナにもわかった。
銃弾が放たれる。
・・・・・はずれた。
虚ろの瞳の涼沙が動揺している。
「そんな、はずは!」
『誘惑』の魅露は驚愕した。
「わたくしの魅了からは逃れられないはず・・。」
魅露はさらに強く、涼沙に意識を入れた。
涼沙の手から、銃弾が2発、3発放たれた。
直撃はしなかった。しかし、ラファナの頬、腰へと銃弾が掠める。
涼沙に動揺がある。それ以上に、魅露の支配が強かったのだ。
だんだんと、涼沙の銃撃はラファナに当たりだしていた。今のところ、かする程度だが、このままでは・・。それ以上の、かすったときにできた傷口に、曽闇の糸が入り込んで、ラファナに苦痛を与える。
「このままでは、駄目・・・。翔子さん?」
ラファナは翔子の意識を汲み取り、決意をした。危険極まりないが、ラファナは翔子に戻った。
翔子は叫ぶ。
「涼沙!撃ちたいのなら、撃ちなさい!やるなら、はずさないでね!一撃でやって!」
意地だ。
その翔子の思いが、涼沙に伝わった。
涼沙の体は動揺のために震えている。
「破られる・・・・!?」
魅露は戦慄した。
「ああああっっぅ!」
涼沙は、叫び声をあげて、銃口を・・・・曽闇に向けて、放つ!
突然の衝撃に、曽闇は彼の“糸”を放してしまった。
その一瞬、翔子はラファナに変わり、動揺を見せる曽闇に強烈な光を向け、一瞬の隙を逃さず、魅露に光り輝く剣を突き刺した。
ラファナの光は、一瞬で二つの闇を打ち消した。
「涼沙さん・・・。」
涼沙ははっきりとした瞳でラファナを見て言った。
「敵わないわよ、翔子には。」
にっこり微笑んで。
ソファフィの意識は朦朧としていた。力は奪われ、命まで奪われようとしている。
ラファナ・・・・。
憎い相手。いや、あまりにも「大切」だったため、その気持ちが更に彼女を憎む結果になったのだろう。
瀬戸際になると、不思議にわだかまりも消える。
命ともに、憎しみも消えていくようだ。
本当は、あなたのこと嫌いでなかった・・・
もとは一つだったのだ。
ソファフィは脱力感を感じた。意識が消え、きっとこのまま死ぬのだろう。そんなことをおもいながら、瞳を閉じる・・・。
「はっ!?」
ソファフィは、きっと目を開けた。
ソファフィを包み込む闇が消えている。
よく見ると、ソファフィの足元で影が消えていっている。足元が光に満たされていく。『陰』の糸形は、ソファフィを消すことに夢中で、ラファナの接近に気づかなかった。そして、光は一瞬だ。
「大丈夫ですか?ソファフィ。」
「どうして、・・・・・・ラファナ?」
ラファナの力で糸形は倒された。それにより、糸形の術も破られたのだ。
「良かった・・。ソファフィ・・・」
「ど、どうして、・・・・泣くの?」
「仲間ではないですか・・・・とても大切な仲間・・・・・一緒に行きましょう。」
ラファナはにっこりと、しゃがみ込んでいるソファフィに手を差し伸べた。
一度消えた、ラファナを憎む心。それをまた繰り返すこともソファフィには面倒だった。
「・・・あ、あなたを許したわけではないからね・・・」
ソファフィは、恥ずかしそうにラファナの手を握った。
アレスティアの行方が気になりながらも、ラファナたち三人は、魔彰宗のいる老木へと辿り着く。
その老木の下に、気になっていたアレスティアがいた。
悪意の表情で、アレスティアはラファナたちを見る。
「来ましたね。『聖綸』。私があなたたちの息の根を止めます。」
アレスティアは魔彰宗に支配されていた。
そのことに、ラファナたちも気づく。
「どうするの?」
いまだに『聖綸』になっていない涼沙は今にも、かかって来そうなアレスティアに注意を向けながら、ラファナに話し掛ける。
ラファナとソファフィは以外に冷静だった。
「どうする?ラファナ。」
ソファフィはわかっている様子でラファナを見る。
「アレスティアはセティナに任せます。・・私とソファフィでしばらく魔彰宗の目をこちらにむけましょう。」
セティナってだれかしら?と思う涼沙だが、急に意識がなくなった。
「セティナ、お願いします。・・・ソファフィ?」
涼沙から変わったセティナは、軽く頷くと一人アレスティアへと向かう。
ソファフィは、ラファナの『影』の中に入り込んだ。
ソファフィには、分かっていた。今このとき、ラファナと一つになるときだと。
(一つになれたわね、ラファナ。こんな形だけど・・・)
「そうですね。」
膨大な光がラファナから飛び放たれる。
ラファナとソファフィの二つの光。その光は魔彰宗のいる老木へと注ぎ込まれる。
アレスティアは水の帯で近づいてくるセティナに攻撃を仕掛ける。
アレスティアの動きは、普段より遅かった。セティナは軽々避ける。
『聖綸』は光の想いを源にする。闇の影響下では、その力を存分に発揮できないのだ。そのことは、同じ『聖綸』が一番よく知っていた。だから、ラファナたちは、セティナ一人で任せた。それに、セティナは『癒し』。ラファナたちの二つの光の奔流がアレスティアまで届いている。アレスティアはその光を浴び、闇の影響下の彼女は身動きができなくなった。すぐさま、得意の風を繰り出しアレスティアの側まで来るセティナ。セティナは戸惑うことなく、アレスティアを抱きしめた。
輝く緑色の光がアレスティアを包む。
ふっと力が抜けたようにアレスティアはセティナにもたれた。
「ごめんなさい・・・」
魔彰宗の支配から逃れたアレスティアは素直に謝る。
「気にしないで。それより、ラファナたちを手伝いましょう。」
「はい。」
ラファナとソファフィの光は、魔彰宗のいる老木から追い返されそうだった。魔彰宗の力の方が上なのだ。
ラファナは気合を入れて、光の力を注ぎ込むが、強烈な闇の意識に吹き飛ばされそうになる。
「ラファナ!」
「私たちも手伝います。」
セティナの緑の光。アレスティアの青い光がラファナとソファフィの光と交わり、神々しい光の奔流となって魔彰宗のいる老木へと流される。
魔彰宗の力は弾かれ、封印の老木はラファナたちの光によって大きく包まれる。
「封印します。」
ラファナが言った。
「封印をするには、一度封印を解かなくてはうまくいきませんよ。」
アレスティアが言う。
「それは危険よ。」
セティナは言う。
「いっそうのこと、倒してしまいましょう。」
ソファフィがそう言う。
「それは無理です、ソファフィ。昔もできなかったから封印するしか・・・」
「私もソファフィの意見に賛成。」
「私はラファナさんに任せます。」
戸惑うラファナにセティナとアレスティアは微笑む。
「やりましょう!ラファナ」
ラファナと一つになったソファフィはラファナに気合を入れる!
「わかりました。どうなっても知りませんからね・・・。ふふっ、いきましょう!」
ラファナの合図とともに『聖綸』は自ら、老木の封印を解いた。
魔彰宗の肉体が老木から現れる。ラファナたちの光は、封印から解かれた魔彰宗を強く包み込んだ。しかし、魔彰宗の邪悪の闇がその光を阻んでいた。
「無駄だ・・・聖綸ども。お前たちは今終わる。」
魔彰宗の力は巨大だった。
ラファナたちは気持ちを奮い立たせるのに必死だった。
諦めたら終わりだ。激しく強い意志でラファナたちは気持ちを一つにする。
・・・・・それでも、魔彰宗の方に分があった。
ラファナたちの光が押し戻される。
「無理なの!?」
「まだ!」
「諦めないで。そうでしょ、ラファナ!」
「くうううぅ!」
闇が光を押し返そうとしていた。
「終わりだ。聖綸ども。私は今、魔王となる」
光が押し返される・・・・・・!
が、突如、魔彰宗の力が弱まった。邪悪な闇が力を失い、ラファナたちの光が盛り返す。
「いける、ラファナ!」
「魔彰宗を捕らえました!」
「いきなさい、ラファナ、とどめよ!」
セティナ、アレスティア、ソファフィはラファナにすべての意識を注ぎ込む!
「・・・私は今女神になります。そして、魔彰宗あなたを・・・倒す!」
魔彰宗を包む光の奔流が形作られ、女神が降臨した。
そして、女神は巨大な光の槍となり魔彰宗を貫く!
「な、なに・・・ばかなああっっっっ!」
・・・魔彰宗を光の中に消えた。
「やったね、ラファナ!」
「私たちの役目は終わったのでしょうか?」
大気に充満する光を感じながら、アレスティアの問いにソファフィは言った。
「・・・まだよ。そうでしょう、ラファナ。」
「・・・ええ。私たちは必要とされているみたいですから。翔子さんたちに。くすっ、勝手にいなくなったら怒られます。・・これからも仲良くしましょう。」
ラファナは幸せな表情で笑った。
光は、優しく輝いていた。
第7章 “信じる決意”
@
魔彰宗を倒した・・・。
翔子にとっても嬉しいことである。
ラファナたちが、魔彰宗を倒したその後、門限のため、翔子は涼沙たちと別れを告げて、一人帰宅していた。
“翔子さん、ありがとう・・・。”
「ううん、わたしの方こそありがとう、これからもよろしくお願いします。」
心の中で、ラファナと翔子はちゃんと話せるようになっていた。それだけ、二人は分かり合えていた。
魔彰宗を倒したら、ラファナはいなくなると翔子は思っていた。しかし、違った。翔子は嬉しかった。
家に着いた。門を開け、玄関の扉を開ける。
「お帰りなさいませ、翔子お嬢様。」
翔子にとって、母親代わり、姉代わりである凛子がいつものように翔子の帰りを待っていた。
「あの、翔子様・・・。紀双様が待っておられます。」
翔子が家の中に入るのを、凛子はやんわりとめて、凛子は翔子をある場所へと誘った。
こういう場所があったのですね・・・
翔子が来たことがない場所であった。
屋敷を覆う林は子供のときから遊び場所だったとはいえ、ここまで奥まで来たことはなかった。翔子の住む屋敷から歩いて三十分ほど林の奥にある百段ほどある石段を上り詰めると、一棟の祠(ほこら)があった。
その祠の前に翔子の父、紀双が立っていた。
「お父様、ここは・・・。」
翔子は、漠然とした不安を感じた。空気が重い。
「この中には、魔彰宗の魂が封じ込めている。正式にはあいつの力の一部だ。」
「えっ・・・。」
翔子は戸惑った。確かに、この祠から強い邪気が感じる・・。
「私が長い年月をかけて、あいつの力をこの祠へと封じ込めた。魔彰宗、あいつを倒すためだ。」
「お父様・・・。」
翔子には、紀双が普通でないように見えた。そう、人でなく、それ以上の者に・・。
「魔彰宗はそれに気づかず、『聖綸』と戦い、そして、敗れた・・・・・・。わたしの願いどおりにな。」
「お父様・・・。そんな・・・。」
翔子は次第に気づきだした。目の前にいる父が、本当は・・・。
「・・・気づいたか。そうだ。私は『魔綸』。『魔綸』の一人鬼昇(きしょう)という。」 翔子はめまいがした。その勢いで、後ろにさがってしまった。いや、この場から逃げたかった。
しかし、翔子は逃げれなかった。
翔子の背中に凛子の手が当たっていた。その手は、翔子をこの場から逃さないと強く表現していた。
「えっ、そんな・・・凛子さんも・・・。」
「そうです。翔子お嬢様。いえ、翔子さん。私も『魔綸』の一人、色彩(しきさい)と言います。」
衝撃的だ。もう、驚くを超して泣くこともできない。
翔子の家族が、ラファナの敵、そして、狂魔を支配する『魔綸』だったとは。
「そ、そんなことは信じません。信じませんから!」
翔子は夢を見ていると思った。そう思いたかった。
「直樹君たちはどうなんですか!彼らは・・・?」
「あの人たちはもういません。」
翔子の後ろから静かに凛子・・・色彩は言う。
「あの人たちの記憶を消しました。これからはそれぞれが好きなように生きるでしょう。」
「うそ・・・お父様・・・?」
翔子には、もう何やなんだかわからなかった。
紀双―鬼昇はいつものように、いつもと変わらない厳格な表情で翔子を見ていた。
「そういうことだ。翔子。いや、ラファナと言った方がいいか。お前は眠ってもらう。
永遠の眠りに就く。この祠の中でな。」
鬼昇の合図で、色彩が翔子の顔に手をかざした。翔子は力が抜けたかのように色彩の腕の中に倒れこんだ。
翔子は眠っていた。
「よろしいのですね。鬼昇。」
感情のない声で色彩はそう鬼昇に問う。しかし、その瞳には悲しみが宿っていた。
「人の生活の中で、情を宿したか。色彩。」
「あなた・・・こそどうなのですか。あなたは『魔綸』であって、『魔綸』ではない。むしろ、人に近かった。だから、魔彰宗が許せなかった。すべてを我が物にしようとした魔彰宗が。」
鬼昇の表情に何の変化もない。『魔綸』としての彼。情など持ち得ない。
しかし、彼は『魔綸』の立場で、人に興味を覚えていた。特に、信頼、愛情・・・『魔綸』としては程遠いその感情の現れを。
「私は・・・私は魔彰宗の力が欲しかったのだ。あの力さえあればすべてが手に入る。『聖綸』は私の手の中で踊ってくれたよ。・・・・・・ラファナをこの中に。魔彰宗の魂の中で永遠に眠りに就くだろう。」
鬼昇は祠の扉を開けた。
奈美が立っていた。
翔子の親友で、もちろん涼沙とも面識がある。
「どうしたの?」
様子が穏やかではない奈美に涼沙は嫌な感じがした。
「翔子が・・・翔子が来ないんです。学園に・・・。」
悲壮な顔で奈美は言った。
嫌な感覚は確かなものになる。あの時と似ている。大切な人を失ったあの時と。
「いつから?」
努めて冷静に涼沙は尋ねた。
奈美が答える。
奈美が答えた日。涼沙には、はっきりと覚えている。
魔彰宗を倒したあの日に、翔子がいなくなった・・・?
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
A
涼沙は、水玲と麗美香を集め、翔子がいなくなったことを言った。
「『魔綸』ね。あと二人いるはずだから。」
麗美香は冷静に言う。
「どういうことよ・・・。」
『聖綸』を内に秘めていることに自覚ができない涼沙にとって、『聖綸』『魔綸』そのあたりのことはあまりよく分かっていない。
「安心したラファナを狙って、何かしたって事よ。」
「冷静ね。」
いつもと変わらない冷静な麗美香に、涼沙は自然と怒りが湧いてくる。涼沙にすれば、翔子がどうなったか不安で仕方ない。
「心配じゃないの!」
もちろん、涼沙も冷静でいたいとは思う。しかし、大事な者を失う思い出がどうしてもよぎって、気持ちを抑えることができない。
「心配じゃないわ。だって、大丈夫ですもの。」
変化なく、麗美香はあっさりそう言う。
「私はソファフィ。ソファフィはラファナと繋がっているの。彼女に何かがあれば、わかるわ。」
「でも、翔子さんがいなくなったことはわからなかったのですか?」
今まで、成り行きを見ていた水玲が静かに聞く。
「そうね。今のところ、ラファナに危険が迫っているわけではないの。だから、私も・・・ソファフィは気にしなかった。」
「それで、これからも危険がないと思うの?あなたは。」
他人事のような麗美香に、やはり怒りが湧いてくる涼沙。
「そんなことはないわ。でも、ラファナがいる場所はわかる。」
「?そうなの・・・・?」
「ええ、行ってみる?」
「当たり前よ!」
こうして、涼沙たちは翔子がいる祠へと向かう・・・。
翔子の住む屋敷を過ぎ、林の奥に進み、涼沙たちは古びれた祠の前に立つ。
その前には一人の男が立っていた。彼が翔子の父だとは誰も知らない。水玲はアレスティアに麗美香はソファフィになっている。『魔綸』であることはわかる。
「やはり来たか、聖綸。私から行く手間が省けたか。」
紀双―『魔綸』の鬼昇が告げる。
「ラファナはこの後ろで眠りに就いている。ラファナのいない聖綸など怖くはない。お前たちはここで倒す。」
鬼昇が動く。魔彰宗に負けないとてつもない気迫を持っている。しかし、それは魔彰宗のような邪気は感じられず、人間らしさがあった。だから、アレスティアとソファフィは十分戦えると思えた。
「涼沙はラファナを助けてあげて。ここは私とアレスティアが。」
涼沙は『聖綸』になっていない。自分の意志ではなれないのだ。
ソファフィとアレスティアは鬼昇を迎え撃った。
その隙に、涼沙は祠のすぐそばへと向かう。
涼沙はすばやく祠の構造を観察する。そして、見つけた扉を開けるためにそこに手をかけた。
急に・・・その涼沙の手の上にもう一人の『魔綸』である色彩が手を乗せた。
「開けてはいけません。ラファナを、翔子さんを信じてあげて。」
色彩はわずかに聞こえるぐらいの小さな声で涼沙の耳元で呟いた。
涼沙は扉を開けれなかった。何か嫌な感じがしたからだ。恐らく、この女性は、扉を開けることを拒まないだろう。彼女の目がそう言っている。しかし、扉を開けたら何もかも終わる。悪い意味で。涼沙は何となくそう思った。涼沙の直感がそう告げている。いつも悪いことが起こるときの嫌な感じ。それと同じなのだ。
涼沙は扉から手を離した。そして・・・
「わかったわ。あなたの言うとおり、翔子を信じる。」
色彩にそう言って、激しい戦いをしているソファフィたちの方へと向かった。
「何をしているの涼沙?」
ソファフィはだいぶやられていた。アレスティアも似たり寄ったりだ。それに比べて、鬼昇の方は何ともない。
「翔子を信じてあげようと思ってね。」
無意味だとわかっていても涼沙は何の躊躇もなく銃口を鬼昇に向けた。
「翔子は戻ってくるわよ。自分の足で。」
“翔子、呼んでいますよ”
翔子の心の中に優しい声が流れる。
ラファナさん?違う・・・あなたは・・・?
“呼んでいますよ、行かなくていいのですか?あなたを待っている人たちの所へ”
わたしは・・・わからない。どうして、こんなところにいるの?何があったの?・・・・・・帰りたくない。何もかも嫌・・・。
“ふふっ、子供なんですから・・・ラファナも何か言ってあげて。”
『翔子さん、逃げてはダメです。現実を受け入れないといけません。そうしないとあなたのお父上を裏切ることになりますよ。』
どういう意味?裏切ったのはお父様じゃないの?わからない・・・。
『今はわからなくてもいいのです。翔子さん、今あなたにできることは目覚めることです。現実から目を離さずに、あなたの足であなたの信じる道を歩き続けることです。行きましょう。翔子さん。みんな待っていますよ。』
声が聞こえる。
翔子、翔子!翔子さん!翔子・・・・・・
聞こえた。翔子の中へ涼沙、水玲、麗美香、奈美、たくさんの呼ぶ声が聞こえた。
翔子の心に一筋の想いが現れる。
わたし、帰りたい。・・・みんながいる、みんなが待っている、わたしの場所へと帰りたい。
想いは、大きく膨れ上がり、翔子の心に行き渡る。
翔子は強く願った。強く自分を信じる。
「わたしは、目覚める!」
暗い闇の中で、一条の光が飛び放たれ、闇の中を明るく照らす。
闇に浮かぶ一人の女性。
『ラファナ』
ラファナは闇を光に変えた。
「行きますね、真世さん・・・。」
ラファナは語りかける。
優しい意識は、微笑んで頷いていた。
“翔子をよろしくおねがいします”
「逃げなさい、涼沙・・・。」
ソファフィはもう立ち上がれない。
「私たちに任せればいいのです。だから、逃げて・・・。」
アレスティアも跪(ひざまず)いたまま動けない。
涼沙は、結局『聖綸』になっていない。涼沙の意識が強すぎるのだ。翔子を待つという・・・・・・
「逃げないわよ!翔子だって戦っているのだから!わたしも戦うわ!ここまで来た以上は最後までね!!」
拳銃の弾は切れている。
どうせ、効かないんだから。
涼沙は拳銃を捨てた。
「殺れるものなら殺してみなさい!わたしはしぶといわよ!!」
涼沙は身構えた。
何ができるかわからない。でも、戦う。
「よく言った。ではまずお前からとどめを刺してやろう。」
鬼昇は余裕の面持ちでゆっくりと涼沙に近づく。
ソファフィとアレスティアは動けなかった。それだけ受けた傷が深かった。
鬼昇の気を涼沙は真正面から受けていた。普通なら、この気を浴びただけで死んでしまうような激しい気だ。涼沙はそれを平然と受けていた。
大丈夫よ、どうせ翔子のバカが助けに来るのだから。
そんな涼沙の願いは現実となった。
祠の扉が開かれる。
そして、そこから一人の女性が現れた。ラファナ。
ラファナは素早く、鬼昇へと立ち向かう。
光り輝く剣。
鬼昇は避けようとせず、その剣を迎え入れた。
「どうして避けなかったのだろう?」
涼沙は、再び扉が閉じられていく祠を見ながら、言った。
翔子は、何も言わなかった。
なんとなく、わかる。自分の手で終わらせるつもりだったのだろう。
はるか昔から続く『聖綸』と『魔綸』との戦い、そして、自らの『魔綸』との戦いを。彼は人間だったのだ。いや、人間になりたかったのだ。愛する者を愛すために。
「勝手なんだから・・・。」
「えっ、何か言った?」
「何でもありません。さあ、行きましょう。お腹も空きました。水玲さんや、麗美香さんも疲れているようですし。」
翔子は座り込んでいる水玲と麗美香の手を取った。
そして、ゆっくりと水玲、麗美香と共に前に向かい歩く。
「相変わらず、食い意地張っているのよね〜。」
しょうがないわねと笑って涼沙も翔子たちの後を追った。
色彩は残っていた。祠を見上げて立っている。
(こうなることは初めからわかっていたのでしょう。鬼昇。やはりあなたは優しい人です。魔彰宗の力、存在をすべて葬り去るためにあなたは自分を犠牲にした。魔彰宗の悪意。大地を滅ぼす力を葬り去るために。人間のために。
あなたは言いましたよね。お前は生きなくてはならない。と。生き続けるつもりです。翔子さん、翔子お嬢様を見守らないといけませんから。あなたと、彼女の代わりに。あなたたちは、翔子さんを飛び立たせる必要があった。自分たちがいなくなっても生きていけるように。
私はここで祠を守ろうと思います。あなたたちが静かに暮らせるように。
幸せに、紀双、そして、真世さん。)
勝手なんだから。残ったわたしはどうするの?ねえ、お父様、お母様。
翔子と涼沙は一緒に暮らすことになった。翔子は一人になってしまったので、慰めるつもりで涼沙の方から言ってみたのだ。
翔子は、冗談めいて、涼沙さんの奴隷にされるのですねと嘆くが、そう同情したわたしが馬鹿だったわ、好きにすればと、涼沙。
ああ、ごめんなさい。冗談です。一緒に暮らしたいです。あっ、そうだ、涼沙さんって、お料理上手なんですよね?わたしは全然駄目ですから、毎日作ってくださいね。早速、作ってください。いっぱい食べたいです。
は〜、わかったわ。元気が必要。食べることが大切だもんね・・。ところで、涼沙で良いわよ。涼沙さんって、なんか寒気がするし。
わかりました。涼沙さん、じゃなくて、涼沙。フフフッ。
翔子は嬉しそうに涼沙の手を取って、新しい住まいへと向かった。
ラファナは翔子と共にいる。他の『聖綸』たちも同様だ。
“一緒に生きてくださいと言われましたし。私もそう思っていました。”
ラファナは翔子の心の中で楽しそうに微笑んだ。
(完)
あとがき
「ラファナリース」とりあえず、終わりです。
だいぶ簡潔に書いたように思います。本来なら、もう少しキャラクターを掘り下げて書かなくてはいけなかったかもしれませんが、ダラダラなるのがいやでした。だから、本筋だけを一気に進んでしましました。キャラクターの深い部分の物語は想像にお任せします。直樹たち“翔子様親衛隊?”のメンバーについてはもうちょっと書いておくべきだったかな?
設定資料を作ってあったのですが、よく見てみると、第二部の人物設定がしている!?とりあえず、こういう話にしようと思って、人物だけ作っておいたのでしょうね。すっかり、忘れている・・・。
人の名前、難しいですね。他にない名前をつけようと思って、こうなってしましました。
とりあえず、一応主人公キャラの読み方だけ・・・
舞亜 翔子(まいあ しょうこ) 清静 涼沙(きしず すずさ) 龍水 水玲(りゅうすい みずれ) 魅影 麗美香(みかげ れみか)。
物語は終わりですが、彼女たちはこれからも仲良く?やっていくのでしょうね。キャラクターが勝手に動きます。面白いですね。
第二部は暇があれば、考えますが・・・私にとっては二大物語L/RのLの方ばかり考えているもので・・・。L/RのうちRがラファナリースです。Lは・・・機会があったらお披露目もあるんでしょうね。Lの方は簡単に書いても、凄く長いけど・・・。
ということで、「ラファナリース」最後まで見てくれて、ありがとうございます。ストーリー的に掴みにくかったかもしれませんが、翔子たちは元気に動いています。想像って大切ですよね。
それでは。